第6話 静かな違和感
違和感は、小さすぎて言葉にならない。
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だからこそ気づいたときには、もう少し前からそこにあったと分かる。
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あすかは最近、それを感じることが増えていた。
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二月が近づいていた。
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冬の終わりではないが、
少しだけ光の質が変わる時期。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかはいつもの席に座っていた。
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カラン。
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扉が開く。
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マスターは軽くうなずく。
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「最近、少し静かじゃない?」
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あすかは少し考える。
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「静か……ですか」
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「はい、いろいろが」
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あすかはうなずく。
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否定はできなかった。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ苦味が強い。
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理由のない引っかかりのような味。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はある。
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それでも、今日は少しだけ心が動いた。
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“遅いな”という感覚が、わずかに残る。
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以前とは違う種類の感覚だった。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「遅れた」
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「大丈夫です」
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短い会話。
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座る。
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沈黙。
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でも今日は、その沈黙に少しだけ重さがあった。
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悠真が言う。
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「最近さ」
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あすかは顔を上げる。
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「なんか、前より話すこと減った気がする」
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その言葉に、あすかは少し止まる。
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否定できない。
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でも、すぐに肯定もできない。
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あすかはゆっくり言う。
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「減ったというより……」
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少し考える。
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「落ち着いた、のかもしれないです」
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悠真は小さくうなずく。
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「落ち着いた、か」
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その言葉を反芻するように呟く。
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でも表情は晴れない。
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あすかはその違和感に気づく。
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以前なら気づかなかったかもしれない。
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今は、気づいてしまう。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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冬の夜は冷たい。
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二人は並んで歩く。
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距離は変わらない。
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でも空気が少し違う。
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言葉が減った分、
考えが増えているような感覚。
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悠真が言う。
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「俺たちさ」
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あすかは横を見る。
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「ちゃんと進んでるのかな」
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その問いは以前より重い。
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あすかは少しだけ考える。
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そして言う。
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「進んでいると思います」
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少し間。
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「ただ、速さが分からないだけで」
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悠真は小さく笑う。
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「それっぽいな」
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でもその笑いには、少しだけ影がある。
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駅が見える。
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別れ際。
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以前より長くはない。
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でも少しだけ沈黙が増えた。
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悠真が言う。
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「またな」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中。
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その背中は変わっていない。
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でも、以前より遠く見えた。
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あすかは思う。
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関係は壊れていない。
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でも、同じでもない。
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その“少しの違い”が、
静かに積もっていく。
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冬はまだ終わらない。
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そしてこの関係もまた、
答えのないまま続いていた。
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第5章 第7話へ続く




