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あすかの幸せについて  作者: こうた
第5章 まだどこにも行けなかった冬

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第6話 静かな違和感

違和感は、小さすぎて言葉にならない。



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だからこそ気づいたときには、もう少し前からそこにあったと分かる。



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あすかは最近、それを感じることが増えていた。



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二月が近づいていた。



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冬の終わりではないが、


少しだけ光の質が変わる時期。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかはいつもの席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽くうなずく。



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「最近、少し静かじゃない?」



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あすかは少し考える。



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「静か……ですか」



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「はい、いろいろが」



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あすかはうなずく。



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否定はできなかった。



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グラスが置かれる。



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今日は少しだけ苦味が強い。



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理由のない引っかかりのような味。



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悠真はまだ来ていない。



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遅れる連絡はある。



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それでも、今日は少しだけ心が動いた。



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“遅いな”という感覚が、わずかに残る。



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以前とは違う種類の感覚だった。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「遅れた」



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「大丈夫です」



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短い会話。



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座る。



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沈黙。



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でも今日は、その沈黙に少しだけ重さがあった。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「なんか、前より話すこと減った気がする」



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その言葉に、あすかは少し止まる。



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否定できない。



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でも、すぐに肯定もできない。



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あすかはゆっくり言う。



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「減ったというより……」



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少し考える。



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「落ち着いた、のかもしれないです」



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悠真は小さくうなずく。



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「落ち着いた、か」



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その言葉を反芻するように呟く。



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でも表情は晴れない。



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あすかはその違和感に気づく。



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以前なら気づかなかったかもしれない。



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今は、気づいてしまう。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭く。



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帰り道。



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冬の夜は冷たい。



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二人は並んで歩く。



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距離は変わらない。



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でも空気が少し違う。



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言葉が減った分、


考えが増えているような感覚。



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悠真が言う。



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「俺たちさ」



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あすかは横を見る。



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「ちゃんと進んでるのかな」



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その問いは以前より重い。



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あすかは少しだけ考える。



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そして言う。



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「進んでいると思います」



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少し間。



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「ただ、速さが分からないだけで」



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悠真は小さく笑う。



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「それっぽいな」



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でもその笑いには、少しだけ影がある。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前より長くはない。



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でも少しだけ沈黙が増えた。



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悠真が言う。



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「またな」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中。



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その背中は変わっていない。



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でも、以前より遠く見えた。



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あすかは思う。



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関係は壊れていない。



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でも、同じでもない。



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その“少しの違い”が、


静かに積もっていく。



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冬はまだ終わらない。



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そしてこの関係もまた、


答えのないまま続いていた。



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第5章 第7話へ続く

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