第5話 戻らない日常
日常は、戻るものではなく積み重なるものだった。
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あすかは新年明けの数週間で、それを少しずつ理解していた。
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仕事が始まり、
街に人が戻り、
冬の生活が形を取り戻していく。
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でもその中に、以前とは違う感覚があった。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「もう普通に戻ったね」
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あすかは少し考える。
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「戻った、というより」
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「続いてる感じです」
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マスターは小さく笑う。
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「いいね、それ」
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ軽い味だった。
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肩の力が抜けるような味。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はある。
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それがもう当たり前になっている。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「寒いな」
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「ほんとですね」
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短い会話。
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座る。
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沈黙。
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でもそれはもう習慣だった。
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悠真が言う。
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「正月終わるとさ」
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あすかは顔を上げる。
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「一気に現実に戻るよな」
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あすかは少し笑う。
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「分かります」
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その“戻る”という感覚は、
以前より穏やかだった。
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焦りがない。
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不安も少ない。
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ただ流れているだけの時間。
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悠真が続ける。
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「去年の今頃とは全然違うな」
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あすかはうなずく。
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「そうですね」
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違いは確かにある。
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でも何が変わったのか、
うまく言葉にはできない。
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関係は壊れていない。
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むしろ安定している。
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それでも何かが少しだけ違う。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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冬の空気は澄んでいる。
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二人は並んで歩く。
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距離は変わらない。
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でもそれが自然になっている。
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悠真が言う。
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「戻ったのかな、俺たち」
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あすかは少し考える。
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そして言う。
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「戻ったというより」
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「今の形になったんだと思います」
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悠真は少しだけ笑う。
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「なるほどな」
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駅が見える。
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別れ際。
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以前より迷いはない。
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でも完全な確信もない。
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その中間が続いている。
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悠真が言う。
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「また明日」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中。
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その背中はもう遠くない。
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でも完全には近づかない。
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あすかは思う。
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日常は戻るものではない。
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ただ形を変えて続いていくものだ。
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そしてこの関係もまた、
その中にある。
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冬の夜は静かに流れ続ける。
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あすかは小さく息を吐いた。
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白い息が夜に溶けていく。
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そして物語は、
まだ終わらない冬の中で続いていた。
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第5章 第6話へ続く




