第4話 新年の静けさ
年が変わったからといって、世界は急には変わらない。
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ただ数字だけが書き換わる。
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あすかはそのことを、少しだけ実感していた。
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一月。
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新しい年の空気は、思っていたより静かだった。
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街はまだ年末の余韻を引きずっている。
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正月気分と日常の間に、薄い膜のような時間があった。
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あすかは仕事始めの帰り道、
冷たい風の中を歩いていた。
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吐く息は白い。
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その白さが、少しだけ新しい気持ちに見える。
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「人生の交差点」
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夜。
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「新年だね」
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あすかは小さく頭を下げる。
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「今年もよろしくお願いします」
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マスターは少し笑う。
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「こちらこそ」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日はいつもより少し澄んだ味だった。
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新しい年の始まりのような味。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はあった。
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それでも心は乱れない。
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そのことが、少しだけ不思議だった。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「明けましておめでとう」
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「おめでとうございます」
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いつものやり取りが、
少しだけ特別に聞こえる。
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座る。
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沈黙。
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でもそれは新しい沈黙だった。
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過去の延長ではない。
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少しだけリセットされた時間。
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悠真が言う。
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「年越したな」
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あすかはうなずく。
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「そうですね」
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それだけで十分だった。
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特別な会話はない。
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でも特別な空気はあった。
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悠真が続ける。
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「今年どうなるんだろうな」
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あすかは少し考える。
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未来はまだぼんやりしている。
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でも以前より怖くはない。
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あすかは言う。
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「分からないです」
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少し間。
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「でも、今までよりは落ち着いてる気がします」
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悠真は小さく笑う。
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「それで十分かもな」
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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冬の夜は澄んでいる。
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空気が冷たく、よく通る。
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二人は並んで歩く。
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距離は変わらない。
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でもその距離に意味はある。
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悠真が言う。
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「去年とは違うな」
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あすかは横を見る。
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「違いますね」
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何が違うのかははっきり言えない。
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でも確かに違う。
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駅が見える。
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別れ際。
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悠真が少しだけ間を置く。
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そして言う。
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「今年もよろしく」
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あすかは少しだけ笑う。
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「こちらこそ」
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改札を抜ける背中。
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その背中はもう迷っていない。
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でも完全な答えにもなっていない。
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あすかは思う。
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新年は始まりではなく、
ただの続きなのかもしれない。
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それでも、
その“続き”があることが大事だった。
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冬の静けさの中で、
二人の関係はまた一歩進んでいた。
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第5章 第5話へ続く




