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あすかの幸せについて  作者: こうた
第5章 まだどこにも行けなかった冬

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第3話 年越し前の距離

年を越える直前の時間は、妙に長い。



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終わりが決まっているのに、途中だけが伸びていく。



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あすかはその感覚を、静かに抱えたまま過ごしていた。



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仕事納めが近づき、街は慌ただしくなっていた。



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それでも心の中は、不思議なほど静かだった。



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悠真との関係は、安定していた。



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安定していることが、少しずつ当たり前になっている。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかは扉を開ける。



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カラン。



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マスターは軽くうなずく。



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「年末の空気、苦手?」



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あすかは少し考えてから答える。



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「嫌いではないです」



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「でも、少し落ち着かないです」



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マスターは小さく笑う。



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「それが普通だよ」



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グラスが置かれる。



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今日は少し温度が高い。



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体にゆっくり馴染む味だった。



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悠真はまだ来ていない。



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遅れる連絡はあった。



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そのことに、もう心は揺れない。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「寒いな」



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「ほんとですね」



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いつものやり取り。



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座る。



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沈黙。



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でもその沈黙は安定している。



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揺れのない間だった。



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悠真が言う。



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「もうすぐ今年終わるな」



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あすかはうなずく。



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「早いですね」



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時間の感覚は、少し曖昧になっていた。



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長かったのか、短かったのか。



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そのどちらでもある気がする。



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悠真が続ける。



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「来年さ」



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あすかは顔を上げる。



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「どうなるんだろうな」



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その問いは、以前より現実的だった。



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未来の話ではなく、


“続き方”の話だった。



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あすかは少し考える。



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そして言う。



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「分からないです」



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少し間。



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「でも、続くとは思います」



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その言葉に嘘はなかった。



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悠真は小さく笑う。



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「それなら十分か」



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭く。



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帰り道。



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外は冷たい。



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年末特有の乾いた空気。



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二人は並んで歩く。



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距離は安定している。



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でも少しだけ静かすぎる気もする。



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悠真が言う。



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「この距離、慣れたな」



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あすかは横を見る。



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「そうですね」



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慣れ。



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それは安心でもあり、


変化の終わりでもある。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前より迷いはない。



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でも少しだけ長い間。



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その間に意味が生まれている。



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悠真が言う。



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「また来年」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中。



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その背中はもう遠くない。



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でも完全に近くもない。



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その距離が今の答えだった。



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あすかは思う。



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年を越えても、


何かが劇的に変わるわけではない。



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でも確かに続いていくものはある。



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冬の夜は深く静かに流れていく。



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そして二人の関係は、


そのまま新しい年へ向かっていった。



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第5章 第4話へ続く

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