第3話 年越し前の距離
年を越える直前の時間は、妙に長い。
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終わりが決まっているのに、途中だけが伸びていく。
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あすかはその感覚を、静かに抱えたまま過ごしていた。
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仕事納めが近づき、街は慌ただしくなっていた。
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それでも心の中は、不思議なほど静かだった。
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悠真との関係は、安定していた。
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安定していることが、少しずつ当たり前になっている。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかは扉を開ける。
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カラン。
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マスターは軽くうなずく。
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「年末の空気、苦手?」
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あすかは少し考えてから答える。
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「嫌いではないです」
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「でも、少し落ち着かないです」
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マスターは小さく笑う。
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「それが普通だよ」
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グラスが置かれる。
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今日は少し温度が高い。
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体にゆっくり馴染む味だった。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れる連絡はあった。
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そのことに、もう心は揺れない。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「寒いな」
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「ほんとですね」
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いつものやり取り。
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座る。
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沈黙。
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でもその沈黙は安定している。
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揺れのない間だった。
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悠真が言う。
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「もうすぐ今年終わるな」
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あすかはうなずく。
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「早いですね」
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時間の感覚は、少し曖昧になっていた。
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長かったのか、短かったのか。
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そのどちらでもある気がする。
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悠真が続ける。
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「来年さ」
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あすかは顔を上げる。
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「どうなるんだろうな」
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その問いは、以前より現実的だった。
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未来の話ではなく、
“続き方”の話だった。
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あすかは少し考える。
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そして言う。
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「分からないです」
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少し間。
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「でも、続くとは思います」
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その言葉に嘘はなかった。
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悠真は小さく笑う。
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「それなら十分か」
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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帰り道。
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外は冷たい。
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年末特有の乾いた空気。
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二人は並んで歩く。
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距離は安定している。
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でも少しだけ静かすぎる気もする。
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悠真が言う。
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「この距離、慣れたな」
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あすかは横を見る。
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「そうですね」
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慣れ。
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それは安心でもあり、
変化の終わりでもある。
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駅が見える。
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別れ際。
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以前より迷いはない。
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でも少しだけ長い間。
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その間に意味が生まれている。
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悠真が言う。
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「また来年」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中。
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その背中はもう遠くない。
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でも完全に近くもない。
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その距離が今の答えだった。
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あすかは思う。
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年を越えても、
何かが劇的に変わるわけではない。
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でも確かに続いていくものはある。
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冬の夜は深く静かに流れていく。
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そして二人の関係は、
そのまま新しい年へ向かっていった。
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第5章 第4話へ続く




