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あすかの幸せについて  作者: こうた
第5章 まだどこにも行けなかった冬

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第2話 年の瀬の沈黙

年末の沈黙は、いつもより重い。



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街が忙しく動いている分だけ、


止まっている時間が強調される。



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あすかは仕事納め前の数日を、


どこかぼんやりと過ごしていた。



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忙しいはずなのに、


心は妙に静かだった。



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悠真との関係も同じように静かだった。



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連絡はある。



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会う約束もある。



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でも以前のような揺れは少ない。



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それが少しだけ不思議だった。



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「人生の交差点」



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夜。



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店に入ると空気が冷えていた。



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カラン。



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マスターはいつものようにうなずく。



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「年末だね」



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あすかは小さく笑う。



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「ですね」



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席に座る。



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グラスが置かれる。



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今日は少しだけ苦味が強い。



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それが現実の味のように感じられた。



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悠真はまだ来ていない。



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遅れると連絡はあった。



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それを見ても、心は動かない。



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ただ事実として受け取っている。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「悪い、遅れた」



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「大丈夫です」



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短いやり取り。



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座る。



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沈黙。



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でもその沈黙はもう“空白”ではない。



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共有された時間だった。



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悠真が言う。



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「年末ってさ」



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あすかは顔を上げる。



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「なんか、整理する時期だよな」



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あすかは少しだけ考える。



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「整理……ですか」



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悠真はうなずく。



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「いろいろ」



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言葉はそれ以上続かない。



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でも意味は十分だった。



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あすかはゆっくり言う。



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「整理できるものと、できないものがありますね」



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悠真は少し笑う。



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「だな」



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沈黙。



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その間に、答えはない。



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ただ時間だけが流れている。



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マスターは何も言わない。



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グラスを拭く音だけが続く。



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帰り道。



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外は一段と冷えていた。



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風が少し強い。



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二人は並んで歩く。



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距離は安定している。



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でも少しだけ硬い。



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年末特有の緊張のようなものだった。



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悠真が言う。



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「今年さ」



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あすかは横を見る。



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「結局、ちゃんと決めきれてないよな」



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あすかは少しだけ息を吸う。



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そして言う。



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「でも、壊れてもいないです」



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悠真は少しだけ目を細める。



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「それが不思議だな」



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あすかも小さくうなずく。



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壊れないまま続いている関係。



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それは安定とも違う。



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完成とも違う。



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ただ“続いている”だけだった。



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駅に着く。



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別れ際。



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以前より静かだ。



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でも長い沈黙ではない。



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落ち着いた間。



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悠真が言う。



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「また来年」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中。



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その背中はもう揺れていない。



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でも確信にもなっていない。



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その中間のまま。



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あすかは思う。



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年の瀬は、


終わりのようで終わりではない。



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ただ区切りを意識させるだけだ。



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この関係も同じだ。



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終わっていない。



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でも完成もしていない。



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冬の夜は深くなる。



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そして二人の時間は、


年を越えようとしていた。



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第5章 第3話へ続く

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