第2話 年の瀬の沈黙
年末の沈黙は、いつもより重い。
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街が忙しく動いている分だけ、
止まっている時間が強調される。
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あすかは仕事納め前の数日を、
どこかぼんやりと過ごしていた。
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忙しいはずなのに、
心は妙に静かだった。
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悠真との関係も同じように静かだった。
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連絡はある。
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会う約束もある。
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でも以前のような揺れは少ない。
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それが少しだけ不思議だった。
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「人生の交差点」
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夜。
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店に入ると空気が冷えていた。
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カラン。
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マスターはいつものようにうなずく。
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「年末だね」
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あすかは小さく笑う。
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「ですね」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ苦味が強い。
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それが現実の味のように感じられた。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れると連絡はあった。
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それを見ても、心は動かない。
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ただ事実として受け取っている。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「悪い、遅れた」
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「大丈夫です」
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短いやり取り。
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座る。
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沈黙。
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でもその沈黙はもう“空白”ではない。
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共有された時間だった。
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悠真が言う。
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「年末ってさ」
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あすかは顔を上げる。
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「なんか、整理する時期だよな」
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あすかは少しだけ考える。
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「整理……ですか」
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悠真はうなずく。
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「いろいろ」
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言葉はそれ以上続かない。
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でも意味は十分だった。
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あすかはゆっくり言う。
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「整理できるものと、できないものがありますね」
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悠真は少し笑う。
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「だな」
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沈黙。
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その間に、答えはない。
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ただ時間だけが流れている。
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マスターは何も言わない。
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グラスを拭く音だけが続く。
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帰り道。
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外は一段と冷えていた。
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風が少し強い。
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二人は並んで歩く。
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距離は安定している。
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でも少しだけ硬い。
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年末特有の緊張のようなものだった。
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悠真が言う。
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「今年さ」
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あすかは横を見る。
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「結局、ちゃんと決めきれてないよな」
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あすかは少しだけ息を吸う。
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そして言う。
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「でも、壊れてもいないです」
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悠真は少しだけ目を細める。
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「それが不思議だな」
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あすかも小さくうなずく。
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壊れないまま続いている関係。
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それは安定とも違う。
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完成とも違う。
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ただ“続いている”だけだった。
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駅に着く。
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別れ際。
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以前より静かだ。
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でも長い沈黙ではない。
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落ち着いた間。
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悠真が言う。
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「また来年」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中。
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その背中はもう揺れていない。
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でも確信にもなっていない。
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その中間のまま。
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あすかは思う。
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年の瀬は、
終わりのようで終わりではない。
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ただ区切りを意識させるだけだ。
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この関係も同じだ。
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終わっていない。
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でも完成もしていない。
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冬の夜は深くなる。
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そして二人の時間は、
年を越えようとしていた。
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第5章 第3話へ続く




