第1話 雪の降らない街
冬は来ているのに、雪はまだ降らなかった。
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ただ寒さだけが先に積もっていく。
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十二月下旬。
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年末の空気が街に混ざり始めていた。
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あすかは仕事帰り、コートのポケットに手を入れて歩いていた。
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吐く息は白い。
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それを見るたびに、季節の変化を実感する。
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「人生の交差点」
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターはいつものように軽くうなずく。
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「もう年末だね」
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あすかは小さく笑う。
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「ほんとですね」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ温かい香りがした。
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外の寒さを中和するような味だった。
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悠真はまだ来ていない。
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でもそれはもう不安ではない。
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“遅れて来るもの”として定着している。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「寒いな」
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「ほんとですね」
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いつもの短い会話。
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座る。
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沈黙。
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でもその沈黙はもう怖くない。
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ただの“間”だった。
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悠真が言う。
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「今年ももう終わるな」
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あすかはうなずく。
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「早かったですね」
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時間の感覚は、少しだけ歪んでいる。
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長かったようでもあり、
短かったようでもある。
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悠真が続ける。
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「結局さ」
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あすかは顔を上げる。
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「ちゃんと形にはなってない気がする」
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あすかは少しだけ息を止める。
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その言葉は否定ではなかった。
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事実の確認のようだった。
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あすかは静かに言う。
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「でも、なくなってもいないです」
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悠真は少しだけ笑う。
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「それが一番中途半端だよな」
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その言葉に、あすかも小さく笑う。
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否定はできなかった。
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帰り道。
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外は一段と冷たい。
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街灯が少し滲んで見える。
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二人は並んで歩く。
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距離は安定している。
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でもその安定は、
完成ではなく保留だった。
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駅が見える。
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悠真が言う。
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「このまま年越すの、不思議だな」
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あすかは少し考える。
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「でも、悪くはないです」
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その言葉に偽りはなかった。
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悪くない。
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でも完璧でもない。
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その間にいる。
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駅に着く。
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別れ際。
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いつもより少しだけ長い沈黙。
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それでも焦りはない。
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悠真が言う。
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「また来年な」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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改札を抜ける背中は、
もう遠くない。
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でも完全には届かない。
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その距離が、
今の関係のままだった。
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あすかは思う。
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まだどこにも行けていない。
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でもそれは、
止まっているのではなく、
進み方を探している状態なのかもしれない。
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冬の夜は静かに深くなる。
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そして二人の時間は、
まだ終わらないまま続いていた。
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第5章 第2話へ続く




