第13話 冬の入口
冬は、音を立てずにやってくる。
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ある日ふと、空気が変わっていることに気づくだけだった。
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十二月中旬。
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朝の冷たさがはっきりしてきた。
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駅までの道は、息が白くなる。
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あすかはコートの襟を少し立てて歩く。
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季節はもう完全に冬の手前にいる。
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「人生の交差点」
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夜。
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店の扉を開ける。
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カラン。
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マスターはいつものように軽くうなずく。
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「もう冬だね」
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あすかは小さく息を吐く。
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「ほんとにそうですね」
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席に座る。
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グラスが置かれる。
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今日は少しだけ温かさのある味だった。
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体に染みるような温度。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れると連絡はあった。
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そのやり取りはもう日常になっていた。
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待つことに意味がついている。
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不安ではなく、習慣に近い。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「寒いな」
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「ですね」
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短い会話。
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座る。
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沈黙。
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でもそれはもう“空白”ではない。
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共有されている時間だった。
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悠真が言う。
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「今年ももう終わるな」
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あすかは少しだけうなずく。
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「早いですね」
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時間はいつも通り流れているはずなのに、
季節だけが先に進んでいく。
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悠真が続ける。
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「このまま年越すのかって思うと、不思議だな」
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あすかはその言葉を少しだけ考える。
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「不思議ですね」
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確かに不思議だった。
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最初は曖昧で、
揺れて、
壊れかけていた関係が、
今はここにある。
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形はまだ完全ではない。
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でも消えてもいない。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭く。
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その沈黙が、この場所の時間だった。
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帰り道。
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外は完全に冬の空気。
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吐く息が長く白い。
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二人は並んで歩く。
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距離は安定している。
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でもその“安定”は以前とは違う。
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壊れないことではなく、
壊れにくい状態だった。
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駅が見える。
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悠真が言う。
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「最初さ」
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あすかは横を見る。
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「こんな風になると思ってなかった」
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あすかは少し笑う。
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「私もです」
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沈黙。
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でもそこに違和感はない。
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悠真が続ける。
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「まだ途中なんだろうな」
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あすかはうなずく。
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「そうだと思います」
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終わっていない。
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でも始まりでもない。
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その間にいる。
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駅に着く。
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別れ際。
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以前より自然に止まる。
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でも少しだけ長い。
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その時間が意味を持つようになっている。
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悠真が言う。
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「また来年も、こうやって話せたらいいな」
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あすかは少しだけ間を置く。
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そして言う。
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「はい」
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その言葉は軽くなかった。
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改札を抜ける背中は、
もう迷っていない。
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でも完全に確定してもいない。
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その中間。
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あすかは思う。
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冬は始まった。
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そして関係もまた、
次の段階へと入ろうとしている。
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終わりではない冬。
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続いていくための冬。
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あすかは駅のホームに立ち、
静かに息を吐いた。
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白い息が夜に溶けていく。
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そして物語は、
新しい季節へと向かい始める。
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第5章「まだどこにも行けなかった冬」へ続く




