第12話 言葉の余白
言葉には、必ず余白がある。
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その余白に、相手の気持ちが入り込む。
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あすかは最近、そのことをよく感じていた。
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十二月の初め。
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街はすっかり冬の色になっていた。
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吐く息は白く、
夜は長い。
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イルミネーションが点き始めている。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかはカウンターに座っていた。
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カラン。
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扉が開く。
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マスターは軽く目を上げる。
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「今日は少し考え事してる顔だね」
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あすかは小さく笑う。
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「そんなに分かりますか」
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「分かるよ」
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短く、それだけ。
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グラスが置かれる。
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いつもより少しだけ静かな味だった。
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悠真はまだ来ていない。
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遅れると連絡はあった。
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それでも心は乱れない。
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乱れなくなったことに、
少しだけ違和感がある。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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「寒いな」
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「ほんとですね」
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短い会話。
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座る。
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沈黙。
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でも以前のような“重さ”はない。
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ただの間。
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悠真が言う。
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「最近さ」
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あすかは顔を上げる。
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「落ち着きすぎてる気がするんだよな」
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あすかは少し考える。
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「そうですね」
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その言葉に、迷いはなかった。
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悠真は続ける。
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「これってさ」
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少し間。
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「いいことなんだろうけど」
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そこで止まる。
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あすかはその続きを待つ。
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悠真はゆっくり言う。
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「なんか、言葉が足りなくなってる気がする」
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その言葉にあすかは少し息を止める。
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言葉が足りない。
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確かにそうだった。
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でも足りないことが悪いのかは分からない。
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むしろ今は、
余白が増えている状態だった。
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あすかは静かに言う。
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「前は、言葉が多すぎたのかもしれないです」
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悠真は少しだけうなずく。
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「かもな」
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沈黙。
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その沈黙はもう怖くない。
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ただの空白だった。
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マスターは何も言わない。
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グラスを拭く音だけが続く。
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帰り道。
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外は冷たい風。
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イルミネーションの光が揺れている。
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二人は並んで歩く。
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距離は安定している。
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でも完全に安心ではない。
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その曖昧さが今の二人だった。
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悠真が言う。
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「言葉ってさ」
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あすかは横を見る。
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「減った方がいいのか、増えた方がいいのか分からなくなる」
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あすかは少し考える。
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そして言う。
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「どっちも必要なんだと思います」
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悠真は少し笑う。
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「曖昧だな」
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あすかも小さく笑う。
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「でも、それが普通かもしれないです」
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駅が見える。
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別れ際。
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悠真が立ち止まる。
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少しだけ間。
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そして言う。
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「今のままでいいのかな」
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あすかはすぐに答えない。
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その問いは、
以前よりも静かで深い。
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少し考えてから言う。
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「今のままでも、続いているならいいと思います」
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悠真は少しだけ目を細める。
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「続いてるって大事だよな」
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あすかはうなずく。
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改札を抜ける背中は、
もう遠くはない。
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でも完全に近くもない。
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その距離が、
今の関係の答えだった。
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あすかは思う。
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言葉は減った。
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でもその分、
意味は増えた気がする。
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余白があるからこそ、
続いているものもある。
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冬の夜は深くなる。
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そして二人の関係は、
静かなまま次の季節へ向かっていた。
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第4章 第13話「冬の入口」へ続く




