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あすかの幸せについて  作者: こうた
第4章 寂しさを思い出す秋

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第11話 温度の記憶

人は、過去の温度を正確には思い出せない。



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でも、その時の“感覚”だけは残る。



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あすかは最近、そんなことをよく考えていた。



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十二月が近づいていた。



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街は少しずつ冬の装いになっている。



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イルミネーションの準備が始まり、


空気はさらに冷たくなった。



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あすかと悠真の関係は、


落ち着いたまま続いていた。



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安定していると言っていい。



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けれど、それは完全な安心ではない。



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ただ“崩れない状態”だった。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかは窓際の席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽くうなずく。



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「最近、静かだね」



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あすかは少し笑う。



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「いい意味でですか?」



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「どっちでもいい意味だよ」



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その曖昧さに少しだけ救われる。



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グラスが置かれる。



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今日はいつもより温度が低い気がした。



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それは気温ではなく、


自分の感覚の問題かもしれない。



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悠真はまだ来ていない。



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でも遅れる連絡はあった。



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それだけで心は揺れない。



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慣れてしまったのか、


信じられるようになったのか、


自分でも分からなかった。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「寒いな」



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「ですね」



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短いやり取り。



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でもその中に自然さがある。



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座る。



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沈黙。



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しかし以前のような“重さ”はない。



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ただの空白だった。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「落ち着いたよな」



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あすかは少しだけ考える。



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「落ち着いた、と思います」



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その言葉に迷いはない。



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でも同時に、


何かを思い出すような感覚があった。



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悠真が続ける。



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「最初と全然違うよな」



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あすかはうなずく。



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「違いますね」



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最初。



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夏の頃。



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揺れすぎていた関係。



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言葉一つで壊れそうだった距離。



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今は違う。



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でもその“違い”が何なのか、


まだうまく言葉にできない。



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悠真が少し笑う。



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「悪くないと思う」



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あすかも小さく笑う。



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「私もです」



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その瞬間、


店の空気が少しだけ柔らかくなる。



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マスターは何も言わない。



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ただグラスを拭く音だけがある。



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帰り道。



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外は冷えていた。



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吐く息が白い。



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二人は並んで歩く。



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距離は自然。



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近すぎず、遠すぎない。



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悠真が言う。



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「昔の方がさ」



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あすかは横を見る。



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「温度はあったよな」



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あすかは少し考える。



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そして言う。



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「ありましたね」



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確かにあった。



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熱。



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不安。



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揺れ。



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それらは全部、


“温度”だった。



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今は違う。



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冷えているわけではない。



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ただ安定している。



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それが少しだけ寂しい。



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でも怖くはない。



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駅が見える。



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別れ際。



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悠真が立ち止まる。



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「これでいいのかなって思う時ある」



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あすかはすぐに答えない。



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その問いは、以前より深い場所にある。



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少し考えてから言う。



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「分からないです」



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正直な答えだった。



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そして続ける。



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「でも、今は嫌ではないです」



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悠真は少しだけ目を細める。



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「それで十分なのかもな」



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あすかはうなずく。



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改札を抜ける背中は、


もう遠くない。



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でも完全に触れられる距離でもない。



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その距離が、


今の二人の温度だった。



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あすかは思う。



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温度は消えたわけではない。



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ただ形を変えただけだ。



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そしてその変化は、


まだ途中にある。



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冬はすぐそこまで来ていた。



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そして二人の関係もまた、


新しい季節へ向かっていた。



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第4章 第12話「言葉の余白」へ続く

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