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あすかの幸せについて  作者: こうた
第4章 寂しさを思い出す秋

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第10話 確かさの輪郭

確かさというものは、触れられそうで触れられない。



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形があるようで、まだ輪郭しかない。



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あすかは最近、その感覚をよく思い出していた。



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十一月の中頃。



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空気はもう完全に冬の入口に入っていた。



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朝は息が白い。



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駅までの道が少しだけ長く感じる。



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それでも足は止まらない。



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生活は続いている。



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そして関係もまた続いている。



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悠真との距離は安定していた。



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会えば自然に話せる。



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沈黙も以前ほど重くない。



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けれど何かが決定的に“決まった”わけでもない。



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それが今の状態だった。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかはいつもの席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽く目を細める。



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「最近、落ち着いてるね」



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あすかは少し考えてから答える。



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「落ち着いてる、んだと思います」



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その曖昧さにマスターは小さく笑う。



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「いいことだよ、それは」



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グラスが置かれる。



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今日は少し柔らかい味だった。



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苦さが少ない。



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それが少しだけ不思議だった。



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悠真はまだ来ていない。



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でも遅れると連絡はあった。



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その一文だけで心は乱れない。



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以前なら違った。



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来るかどうかで揺れていた。



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今は“来る前提”で待てている。



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それでも完全な安心ではない。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「遅れた」



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「大丈夫です」



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座る。



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いつもの流れ。



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でも今日は少し違う。



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悠真が先に言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「ちゃんと話せてる気がする」



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あすかは少しだけうなずく。



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「そうですね」



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沈黙。



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でもそれは空白ではない。



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“間”だった。



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悠真が続ける。



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「このままいけるのかなって思う時もある」



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あすかは少し息を吸う。



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その言葉はもう怖くなかった。



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前なら揺れた。



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でも今は違う。



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あすかはゆっくり言う。



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「いけるかどうかは、分からないです」



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正直な言葉だった。



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「でも、続けたいとは思っています」



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悠真は少しだけ目を細める。



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「俺も同じだと思う」



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短い沈黙。



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でもそこに不安はなかった。



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あるのは確認だけだった。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭く。



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それがこの関係の今の形だった。



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帰り道。



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並んで歩く。



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距離は近い。



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でも密着ではない。



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その“ほどよさ”が自然になっていた。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは横を見る。



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「安心してる自分がいる」



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あすかは少し考える。



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そして言う。



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「私もです」



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それは嘘ではなかった。



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不安は減った。



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揺れも減った。



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その代わりに、


確かさが少しずつ増えていた。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前より迷いはない。



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でも少しだけ立ち止まる。



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それが習慣になっていた。



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悠真が言う。



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「また明日」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中は、


もう遠くない。



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でも完全に近いわけでもない。



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その距離が今の二人だった。



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あすかは思う。



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確かさは完成ではない。



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ただ、形が見え始めた状態だ。



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その輪郭はまだ揺れている。



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でも以前のような痛みはない。



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秋は深まっている。



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そして関係もまた、


ゆっくりと形を持ちはじめていた。



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第4章 第11話「温度の記憶」へ続く

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