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あすかの幸せについて  作者: こうた
第4章 寂しさを思い出す秋

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第9話 境界線の温度

境界線は、目に見えない。



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だからこそ、人は何度も越えたり戻ったりする。



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あすかはその線の上を、少しずつ歩いているような感覚があった。



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十一月に近づく頃。



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街の色は明らかに変わっていた。



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空気は乾き、


夕方は早く終わる。



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「人生の交差点」



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あすかはいつもの席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは軽くうなずく。



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「今日は少し迷ってる顔だね」



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あすかは少し笑う。



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「分かりますか」



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「分かる」



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短く、それだけ。



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悠真はまだ来ていない。



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今日は少し遅れると連絡があった。



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その一文があるだけで、


以前よりも心は安定している。



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ただ、それでも“待つ時間”はある。



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その時間は思考を連れてくる。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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「遅くなった」



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「大丈夫です」



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座る。



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いつもの流れ。



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でも今日は少し違う空気があった。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「一緒にいるの、普通になってきたよな」



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あすかは少し考える。



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「そうですね」



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その“普通”という言葉に、


少しだけ引っかかるものがあった。



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普通。



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安定。



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安心。



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そのどれもが、


かつて求めていたものだった。



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でも今は、


それだけでは足りない気もしている。



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悠真が続ける。



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「でもさ」



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少し間。



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「このまま続けていいのかって思う時もある」



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あすかは視線を落とす。



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またその話だ。



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でも今回は違う。



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否定でも肯定でもない。



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ただの確認のような声だった。



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あすかはゆっくり言う。



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「私は……続けたいです」



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小さな声。



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でもはっきりしていた。



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悠真は少しだけ目を細める。



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「理由、聞いてもいい?」



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あすかは少し考える。



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理由。



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前なら答えられなかった。



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でも今は違った。



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「安心するからです」



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少し間。



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「不安もあるけど」



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続ける。



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「それでも、離れたくはないです」



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その言葉に、悠真は静かにうなずく。



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「そっか」



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それだけだった。



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でもその一言は、


以前より深く響いた。



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マスターは何も言わない。



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ただグラスを拭いている。



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それが答えを急がない空気を作っていた。



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帰り道。



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並んで歩く。



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夜は冷たい。



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でも以前より距離は近い。



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その距離が、少しだけ怖い。



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悠真が言う。



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「境界線ってさ」



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あすかは顔を向ける。



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「どこにあるんだろうな」



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あすかは少し考える。



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そして言う。



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「たぶん、決まってないと思います」



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「その時その時で変わるものなんじゃないかって」



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悠真は少し笑う。



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「曖昧だな」



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「あ、でもそれが普通なのかも」



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その言葉に少しだけ救われる。



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駅が見える。



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別れ際。



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以前よりも自然な沈黙。



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でも少しだけ長い。



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その“少し”が意味を持っている。



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改札前。



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悠真が言う。



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「また明日」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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改札を抜ける背中。



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その背中はもう遠くない。



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でも完全に近いわけでもない。



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その中間にいる。



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あすかは思う。



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境界線は消えるものではない。



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ただ、


その上でどう歩くかが変わるだけだ。



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秋の夜風が少しだけ冷たい。



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でも心は以前より静かだった。



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揺れはある。



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でもそれは崩れではない。



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進み方の形になり始めていた。



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第4章 第10話「確かさの輪郭」へ続く

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