第8話 揺れる確信
確信は、突然訪れるものではない。
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気づいた時には、少し前からそこにあったものだと分かる。
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あすかはそれを、ゆっくり理解し始めていた。
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「名前のない関係」のまま数日が過ぎた。
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会う頻度は少しずつ安定してきた。
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無理に増やすこともなく、
無理に減らすこともない。
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それが今の二人の距離だった。
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「人生の交差点」
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夜。
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あすかはカウンターに座っていた。
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カラン。
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扉が開く。
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マスターは一度だけ目を上げる。
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「今日は少し落ち着いてるね」
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あすかはうなずく。
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「そう見えますか」
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「見える」
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短い会話。
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それでも心は少し軽い。
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悠真はまだ来ていない。
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でも今日は不安ではなかった。
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来ることが分かっているからではない。
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“来ても来なくても崩れない”と少し思えたからだった。
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その変化が小さく怖い。
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依存が薄れているようにも感じる。
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でもそれは悪いことではない気もした。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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目が合う。
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軽く笑う。
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「遅れた」
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「大丈夫です」
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いつものやり取り。
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でも以前より自然だった。
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座る。
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沈黙。
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それはもう重さではなく、
間になっている。
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悠真が言う。
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「最近さ」
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あすかは顔を上げる。
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「落ち着いてきた気がする」
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あすかは少し考える。
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「そうですね」
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確かにそうだった。
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不安は減った。
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でもそれと同時に、
熱も少しずつ落ち着いている。
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そのことに気づく。
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悠真が続ける。
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「これっていいことなのかな」
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その問いは曖昧だった。
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あすかはすぐに答えられない。
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恋が落ち着くことは、
良いことなのか。
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それとも、
終わりに近づいているということなのか。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭いている。
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あすかはゆっくり言う。
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「分からないです」
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「でも……前よりは怖くないです」
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その言葉に悠真は少しだけ目を細める。
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「俺もかもしれない」
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短い沈黙。
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でもそこに妙な安心があった。
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帰り道。
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並んで歩く。
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距離は近い。
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でも以前のような揺れは少ない。
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安定しているようで、
どこか不思議な感じがする。
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駅が見える。
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悠真が言う。
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「落ち着くのってさ」
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あすかは顔を向ける。
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「いいことなんだろうけど」
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言葉が止まる。
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そして続ける。
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「ちょっと寂しいな」
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あすかは少しだけ息を止める。
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同じことを感じていた。
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不安が減ると、
同時に何かが薄くなる。
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熱のようなもの。
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衝動のようなもの。
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あすかはゆっくり言う。
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「でも、これが“続く”ってことなのかもしれないです」
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悠真はうなずく。
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「そうかもな」
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駅に着く。
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別れ際。
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以前よりも自然に別れられる。
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でも少しだけ立ち止まる時間がある。
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それが“揺れ”だった。
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改札を抜ける背中を見ながら、
あすかは思う。
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確信はまだ形になっていない。
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でも確実にそこに向かっている。
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恋は熱だけでは続かない。
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でも静けさだけでも続かない。
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その間にあるもの。
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それを二人は今、
探している途中だった。
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秋の夜は深くなる。
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そして確信は、
まだ揺れたままそこにあった。
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第4章 第9話「境界線の温度」へ続く




