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あすかの幸せについて  作者: こうた
第4章 寂しさを思い出す秋

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第7話 名前のない関係

名前がないものほど、扱いは難しい。



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呼び方が決まっていない関係は、


その都度、意味が揺れる。



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あすかはそれを、少しずつ実感していた。



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「選び直す」という言葉から数日。



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悠真との距離は、確かに変わった。



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会う頻度が増えたわけではない。



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むしろ少し抑えられている。



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お互いに慎重だった。



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踏み込みすぎないように。



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でも離れすぎないように。



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その微妙な均衡の中にいた。



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メッセージは以前より丁寧だ。



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けれど、どこか探り合いでもある。



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『今度の休み、どうする?』



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『無理してない?』



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そんな言葉が増えた。



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気遣いは増えたのに、


安心はまだ増えない。



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「人生の交差点」



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夜。



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あすかはいつもの席に座っていた。



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カラン。



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扉が開く。



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マスターは一度だけ目を上げる。



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「不思議な顔してるね」



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あすかは少し笑う。



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「どんなですか」



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「近いのに遠い顔」



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その言葉に、少しだけ息が詰まる。



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図星だった。



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悠真はまだ来ていない。



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でも今日は遅れて来ると連絡があった。



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それだけで少し救われている自分がいる。



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待つことに理由があると、


不安は少しだけ軽くなる。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真が入ってくる。



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「遅れてごめん」



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「大丈夫です」



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自然なやり取り。



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でも、まだ完全に自然ではない。



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座る。



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沈黙。



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以前のような鋭い沈黙ではない。



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ただの“間”に近い。



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悠真が言う。



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「この前の話なんだけど」



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あすかは顔を上げる。



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「うん」



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「名前、決めた方がいいのかなって思って」



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あすかは少し固まる。



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名前。



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関係の呼び方。



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恋人。



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友達。



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曖昧なまま。



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そのどれでもない状態。



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あすかはすぐに答えられない。



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悠真は続ける。



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「ちゃんとした方が安心するのかもしれないし」



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でも、


そこで言葉が止まる。



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安心。



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そのための名前。



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でも名前をつけた瞬間に、


壊れるものもある気がした。



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あすかはゆっくり言う。



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「私は……まだ分からないです」



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正直な言葉だった。



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悠真はうなずく。



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「俺も」



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少しだけ笑う。



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「分からないまま、ここまで来てるしな」



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その笑いは軽かった。



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でもどこか現実的だった。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭いている。



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それが答えのようにも見えた。



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帰り道。



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二人は並んで歩く。



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距離は近い。



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でも名前はまだない。



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それが少し不思議だった。



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悠真が言う。



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「名前ってさ」



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あすかは顔を向ける。



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「必要なのかな」



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あすかは少し考える。



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そして言う。



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「必要かどうかは分からないです」



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「でも、あったら楽になる気もします」



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悠真はうなずく。



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「だよな」



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駅が見える。



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別れ際。



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以前よりも自然に手を振る。



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でも言葉は少ない。



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まだ決まっていない関係だからだ。



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あすかは思う。



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名前がない関係は、


自由でもあり、不安でもある。



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どちらにも振れる。



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どちらにも落ちる。



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その途中にいる。



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改札を抜ける悠真の背中を見ながら、


あすかは静かに息を吐く。



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この関係はまだ途中だ。



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終わっていない。



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でも完成もしていない。



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ただ、


選び直したばかりの未完成だった。



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秋の夜は静かに深くなる。



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そして二人の関係は、


名前のないまま続いていく。



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第4章 第8話「揺れる確信」へ続く

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