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あすかの幸せについて  作者: こうた
第3章 何より暑い夏

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第11話 言えなかった答え

夜は、いつも正直だ。



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昼間に隠していたものを、


静かに浮かび上がらせる。



---


あすかは帰宅してからも、


ずっとソファに座ったままだった。



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電気もつけず、


ただ部屋の暗さの中にいる。



---


スマートフォンは机の上。



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何度も手に取りかけては、


戻す。



---


悠真からの連絡はまだない。



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それが怖い。



---


そして少しだけ、安心でもある。



---


今日の言葉。



---


「距離近すぎるのかなって思う時ある」



---


頭の中で何度も再生される。



---


近すぎる。



---


その言葉の意味を考える。



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嫌という意味ではない。



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でも肯定でもない。



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あすかは自分の手を見る。



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何もしていないのに疲れている。



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恋はこんなに難しいものだっただろうか。



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いや、


最初から難しかったのかもしれない。



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ただ見えていなかっただけで。



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翌日。



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仕事中も集中できない。



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ミスをする。



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上司に軽く注意される。



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「珍しいね」



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その言葉が余計に重い。



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夜。



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「人生の交差点」



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扉を開ける。



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カラン。



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マスターは一目で分かったようだった。



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「今日は来ると思ってたけど」



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あすかは苦笑する。



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「顔見れば分かります?」



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「分かる」



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席に座る。



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グラスはいつもより静かに置かれる。



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何も聞かれない。



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でも何かを待たれている気がした。



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扉が開く。



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カラン。



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悠真だった。



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一瞬だけ目が合う。



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すぐに逸らさない。



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でもどこか、ぎこちない。



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「こんばんは」



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「こんばんは」



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いつもの挨拶。



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それなのに、


空気が重い。



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座る。



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会話は始まる。



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でも続かない。



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言葉が出てこない。



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何か言おうとしても、


すべて途中で止まる。



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沈黙が増えていく。



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その沈黙が怖い。



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悠真が言う。



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「昨日の話なんだけど」



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あすかの心臓が跳ねる。



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「うん」



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悠真は少しだけ考える。



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「やっぱり、ちょっと距離が分からなくて」



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その言葉は静かだった。



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責めていない。



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ただ困っているだけの声。



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あすかはうなずくこともできない。



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「嫌ってわけじゃない」



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悠真は続ける。



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「むしろ逆」



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その言葉に少しだけ希望が生まれる。



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でも次の言葉がそれを壊す。



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「でも、どうしたらいいのか分からない」



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分からない。



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その一言が一番怖かった。



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あすかはようやく口を開く。



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「私もです」



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小さな声だった。



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でも本当だった。



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近づきたい。



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でも怖い。



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壊したくない。



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でも進みたい。



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全部が矛盾している。



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悠真は少しだけ目を伏せる。



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そして言う。



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「一回、整理した方がいいのかもしれないな」



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その言葉に空気が止まる。



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整理。



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つまり距離を取るということ。



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あすかはその意味をすぐに理解した。



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胸が冷たくなる。



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「距離を、ですか」



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声が震える。



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悠真は慌てて首を振る。



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「いや、そういう意味じゃなくて」



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でも言葉は戻らない。



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一度出たものは、


形を持ってしまう。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かにグラスを拭いている。



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その沈黙が残酷だった。



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あすかは気づく。



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この関係は、


もう曖昧なままではいられない。



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どこかで答えを出さなければならない。



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でもその答えを持っているのは、


まだ誰でもない。



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帰り道。



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二人は並んで歩く。



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でも少しだけ距離がある。



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見えない線が引かれているようだった。



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駅に着く。



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別れの時間。



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悠真が言う。



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「また連絡する」



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いつもと同じ言葉。



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でも今日は違って聞こえた。



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あすかは少しだけ間を置く。



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そして言う。



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「……はい」



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それだけだった。



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改札を抜ける悠真の背中を見ながら、


あすかは思う。



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答えはまだ出ていない。



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でも、


このままではいられない。



---


恋は、


始まるよりも終わり方の方が難しい。



---


そして今、


その入口に立っているのかもしれなかった。



---


夜の風が少し冷たかった。



---


夏が終わりに近づいている。



---


けれど二人の関係は、


まだ終わることも始まることもできずにいた。



---


ただ揺れ続けていた。



---


第3章 第12話「選べない距離」へ続く

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