第11話 言えなかった答え
夜は、いつも正直だ。
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昼間に隠していたものを、
静かに浮かび上がらせる。
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あすかは帰宅してからも、
ずっとソファに座ったままだった。
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電気もつけず、
ただ部屋の暗さの中にいる。
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スマートフォンは机の上。
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何度も手に取りかけては、
戻す。
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悠真からの連絡はまだない。
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それが怖い。
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そして少しだけ、安心でもある。
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今日の言葉。
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「距離近すぎるのかなって思う時ある」
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頭の中で何度も再生される。
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近すぎる。
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その言葉の意味を考える。
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嫌という意味ではない。
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でも肯定でもない。
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あすかは自分の手を見る。
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何もしていないのに疲れている。
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恋はこんなに難しいものだっただろうか。
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いや、
最初から難しかったのかもしれない。
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ただ見えていなかっただけで。
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翌日。
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仕事中も集中できない。
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ミスをする。
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上司に軽く注意される。
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「珍しいね」
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その言葉が余計に重い。
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夜。
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「人生の交差点」
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扉を開ける。
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カラン。
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マスターは一目で分かったようだった。
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「今日は来ると思ってたけど」
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あすかは苦笑する。
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「顔見れば分かります?」
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「分かる」
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席に座る。
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グラスはいつもより静かに置かれる。
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何も聞かれない。
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でも何かを待たれている気がした。
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扉が開く。
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カラン。
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悠真だった。
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一瞬だけ目が合う。
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すぐに逸らさない。
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でもどこか、ぎこちない。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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いつもの挨拶。
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それなのに、
空気が重い。
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座る。
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会話は始まる。
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でも続かない。
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言葉が出てこない。
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何か言おうとしても、
すべて途中で止まる。
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沈黙が増えていく。
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その沈黙が怖い。
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悠真が言う。
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「昨日の話なんだけど」
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あすかの心臓が跳ねる。
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「うん」
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悠真は少しだけ考える。
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「やっぱり、ちょっと距離が分からなくて」
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その言葉は静かだった。
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責めていない。
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ただ困っているだけの声。
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あすかはうなずくこともできない。
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「嫌ってわけじゃない」
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悠真は続ける。
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「むしろ逆」
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その言葉に少しだけ希望が生まれる。
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でも次の言葉がそれを壊す。
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「でも、どうしたらいいのか分からない」
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分からない。
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その一言が一番怖かった。
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あすかはようやく口を開く。
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「私もです」
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小さな声だった。
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でも本当だった。
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近づきたい。
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でも怖い。
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壊したくない。
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でも進みたい。
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全部が矛盾している。
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悠真は少しだけ目を伏せる。
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そして言う。
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「一回、整理した方がいいのかもしれないな」
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その言葉に空気が止まる。
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整理。
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つまり距離を取るということ。
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あすかはその意味をすぐに理解した。
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胸が冷たくなる。
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「距離を、ですか」
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声が震える。
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悠真は慌てて首を振る。
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「いや、そういう意味じゃなくて」
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でも言葉は戻らない。
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一度出たものは、
形を持ってしまう。
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マスターは何も言わない。
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ただ静かにグラスを拭いている。
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その沈黙が残酷だった。
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あすかは気づく。
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この関係は、
もう曖昧なままではいられない。
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どこかで答えを出さなければならない。
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でもその答えを持っているのは、
まだ誰でもない。
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帰り道。
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二人は並んで歩く。
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でも少しだけ距離がある。
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見えない線が引かれているようだった。
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駅に着く。
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別れの時間。
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悠真が言う。
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「また連絡する」
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いつもと同じ言葉。
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でも今日は違って聞こえた。
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あすかは少しだけ間を置く。
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そして言う。
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「……はい」
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それだけだった。
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改札を抜ける悠真の背中を見ながら、
あすかは思う。
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答えはまだ出ていない。
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でも、
このままではいられない。
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恋は、
始まるよりも終わり方の方が難しい。
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そして今、
その入口に立っているのかもしれなかった。
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夜の風が少し冷たかった。
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夏が終わりに近づいている。
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けれど二人の関係は、
まだ終わることも始まることもできずにいた。
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ただ揺れ続けていた。
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第3章 第12話「選べない距離」へ続く




