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あすかの幸せについて  作者: こうた
第3章 何より暑い夏

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第10話 揺れる距離

距離は、縮まるほど不安定になる。



---


近いからこそ、


少しのズレが大きく感じられる。



---


八月下旬。



---


夏の終わりが少しだけ見え始めた頃。



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それでも暑さはまだ強かった。



---


あすかは仕事帰りにスマートフォンを見ていた。



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悠真からの連絡はない。



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いつもなら気にならない。



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少し前までの自分なら。



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でも今は違う。



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既読も未読も、


意味を持ってしまう。



---


自分でも面倒だと思う。



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それでも止められない。



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「人生の交差点」



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扉を開ける。



---


カラン。



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「いらっしゃい」



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マスターはすぐに気づいた。



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「今日は不安そうだね」



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まただ。



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何も言っていないのに見抜かれる。



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あすかは小さく息を吐く。



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「そんな顔してます?」



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「してる」



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即答。



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席に座る。



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グラスが置かれる。



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少しだけ苦味のある味だった。



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今の気持ちに似ている気がした。



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悠真はまだ来ていない。



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最近、


こういう日が増えていた。



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会える日と、


会えない日。



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その差が気になるようになった。



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扉が開く。



---


カラン。



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悠真だった。



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「遅れた」



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少し息を切らしている。



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「大丈夫です」



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あすかは笑顔を作る。



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でもどこかぎこちない。



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悠真はすぐに気づいたようだった。



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「なんか怒ってる?」



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その言葉に驚く。



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「怒ってないです」



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即答する。



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でも本当は少し違った。



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怒っているのではない。



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不安だった。



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理由の分からない不安。



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会えない時間。



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連絡の間隔。



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小さな変化。



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それだけで心が揺れる。



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恋はこんなに不安定だっただろうか。



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それとも、


相手が特別だからなのか。



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会話は始まる。



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でも今日はどこか噛み合わない。



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いつもなら自然に流れる言葉が、


少しだけ止まる。



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悠真が言う。



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「最近さ」



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あすかは顔を上げる。



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「仕事ちょっと忙しくて」



---


「そうなんですね」



---


それだけの話。



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でもあすかは安心できなかった。



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忙しい。



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その言葉の裏に、


距離がある気がした。



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勝手な想像だと分かっている。



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それでも止められない。



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沈黙が増える。



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店の音楽だけが流れている。



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マスターは何も言わない。



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ただ静かに見ている。



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帰り道。



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駅へ向かう。



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夜風は少し涼しい。



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それが余計に寂しく感じる。



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あすかは何度も話しかけようとして、


やめる。



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悠真もいつもより静かだった。



---


「今日、なんかあった?」



---


悠真が言う。



---


あすかは少し驚く。



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「いえ」



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即答する。



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でも違う。



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何もないわけじゃない。



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ただ、


説明できないだけ。



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悠真は少しだけ考える。



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そして言う。



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「俺さ」



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あすかの心臓が少し速くなる。



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「ちょっと距離近すぎるのかなって思う時ある」



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その言葉に空気が止まる。



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あすかは言葉を失う。



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距離。



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その単語が胸に刺さる。



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「そう思わせてたなら、ごめん」



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悠真は続ける。



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落ち着いた声だった。



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責めるわけでもない。



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ただの事実のように。



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あすかは必死に考える。



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違う。



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違うと言いたい。



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でも何が違うのか分からない。



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近づきたいと思っていた。



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でも近づくことが怖かった。



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その結果、


中途半端な距離になっていたのかもしれない。



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「私は……」



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声が震える。



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でも続かない。



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悠真は静かに待っている。



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その優しさが苦しい。



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やがて悠真は笑う。



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少しだけ。



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「まあ、悪い意味じゃないから」



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その言葉が余計に刺さる。



---


悪い意味じゃない。



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つまり、


良い意味でもない。



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曖昧な距離。



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今の二人そのものだった。



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駅に着く。



---


改札前。



---


別れの時間。



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いつもなら自然に言える「また」



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それすら言いにくい。



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悠真が言う。



---


「また連絡する」



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あすかはうなずく。



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でも声が出ない。



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悠真は改札へ向かう。



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途中で一度だけ振り返る。



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軽く手を上げる。



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あすかも小さく返す。



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それだけ。



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それだけなのに、


胸が痛い。



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距離は縮まるほど揺れる。



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そして今、


その揺れが限界に近づいている気がした。



---


夜の駅。



---


人が流れていく。



---


あすかはその場から動けなかった。



---


何かが崩れる前の、


静かな予兆のような時間だった。



---


第3章 第11話「言えなかった答え」へ続く

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