第7話 当たり前になるということ
人は変化に気づくよりも、
それが「当たり前」になったときに初めて安心する。
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九月。
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夏の熱が少しずつ抜けていく季節。
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あすかは「人生の交差点」に立っている。
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カラン。
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扉が開く。
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顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう反射のように、
自然に目が向く。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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それは挨拶というより、
確認に近い。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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少しの沈黙。
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その沈黙は、
もう“間”ではない。
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“時間”そのものだった。
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朝比奈が言う。
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「最近、ここに来るのが普通になってきました」
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あすかは少し笑う。
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「普通ですか」
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「はい」
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朝比奈は少しだけ視線を落とす。
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「前は、少し特別だったんですけど」
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あすかはうなずく。
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「今は違うんですね」
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朝比奈はすぐに答える。
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「悪い意味じゃないです」
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あすかは少しだけ間を置いてから言う。
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「分かってます」
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そのやり取りは短い。
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でも十分だった。
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あすかは思う。
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“特別”が“普通”になることは、
終わりではない。
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むしろ、
関係が生活に組み込まれた証だ。
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朝比奈がグラスを見つめる。
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そしてふと笑う。
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「こういうの、いいですね」
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あすかは少しだけ首を傾げる。
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「どういうのですか」
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朝比奈は少し考えてから言う。
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「何も説明しなくていい感じです」
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あすかは小さくうなずく。
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「それ、分かります」
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沈黙。
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でもそれはもう、
埋める必要のない沈黙だった。
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あすかは気づく。
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この人といる時間は、
“努力して続けるもの”ではなくなっている。
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“続いてしまっているもの”になっている。
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夜が更ける。
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朝比奈が立ち上がる。
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「帰ります」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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扉の前。
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朝比奈は振り返らずに言う。
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「また明日」
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あすかも自然に返す。
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「はい」
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カラン。
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扉が閉まる。
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あすかは少しだけ目を閉じる。
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そして思う。
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関係は変わる。
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でも、
壊れない変化もある。
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それは、
“当たり前になる”という形だった。
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(第13章 第8話へ続く)




