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あすかの幸せについて  作者: こうた
第13章 定義された日々

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第6話 言わないまま伝わること

言葉にしないことが増えるほど、


人は本音に近づいていく。



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八月。



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空は強い光を持っていた。



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夏の熱気が街に残っている。



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あすかはいつも通り店に立っている。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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もう驚かない。



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ただ、少しだけ目が合う時間が長くなる。



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「こんばんは」



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「こんばんは」



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それだけで十分な会話になる。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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氷が静かに鳴る。



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少しの沈黙。



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そのあと朝比奈が言う。



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「今日、少し疲れてます」



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あすかはうなずく。



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「そうですか」



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それだけで終わる会話。



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でも、


それだけで伝わるものがある。



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あすかはグラスを拭きながら思う。



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この人は、


何も説明しなくなった。



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そして自分も、


何も聞かなくなった。



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それでも分かる。



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“疲れている”ということも。



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“ここに来たかった”ということも。



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朝比奈が静かに言う。



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「ここに来ると落ち着きます」



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あすかは少しだけ笑う。



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「そうですか」



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その一言に、


それ以上の意味はない。



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でも十分だった。



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沈黙。



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雨の音はない。



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代わりに、


夏の夜の熱が残っている。



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あすかは思う。



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この関係は、


言葉で成立していない。



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視線。



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間。



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呼吸。



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それだけで成立している。



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朝比奈がふと笑う。



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「前より、話さなくなりましたね」



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あすかは少し考える。



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そして答える。



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「話さなくても分かるからですかね」



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朝比奈は少し驚いたあと、


ゆっくりうなずく。



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「たぶん、それです」



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その瞬間、


あすかは気づく。



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これはもう“関係の完成形に近い”。



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説明はいらない。



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確認もいらない。



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ただ、


そこにいる。



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それだけ。



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夜が深くなる。



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朝比奈が立ち上がる。



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「帰ります」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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扉の前。



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朝比奈は少しだけ立ち止まる。



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そして言う。



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「また明日」



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あすかは小さく笑う。



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「はい」



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カラン。



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扉が閉まる。



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あすかはカウンターに手を置く。



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静かな店内。



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でも、


空虚ではない。



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思う。



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言葉が減るほど、


関係は薄くなると思っていた。



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でも違った。



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むしろ、


深くなっていた。



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それはもう、


説明のいらない場所だった。



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(第13章 第7話へ続く)

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