第6話 言わないまま伝わること
言葉にしないことが増えるほど、
人は本音に近づいていく。
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八月。
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空は強い光を持っていた。
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夏の熱気が街に残っている。
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あすかはいつも通り店に立っている。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう驚かない。
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ただ、少しだけ目が合う時間が長くなる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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それだけで十分な会話になる。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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氷が静かに鳴る。
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少しの沈黙。
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そのあと朝比奈が言う。
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「今日、少し疲れてます」
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あすかはうなずく。
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「そうですか」
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それだけで終わる会話。
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でも、
それだけで伝わるものがある。
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あすかはグラスを拭きながら思う。
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この人は、
何も説明しなくなった。
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そして自分も、
何も聞かなくなった。
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それでも分かる。
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“疲れている”ということも。
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“ここに来たかった”ということも。
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朝比奈が静かに言う。
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「ここに来ると落ち着きます」
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あすかは少しだけ笑う。
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「そうですか」
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その一言に、
それ以上の意味はない。
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でも十分だった。
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沈黙。
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雨の音はない。
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代わりに、
夏の夜の熱が残っている。
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あすかは思う。
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この関係は、
言葉で成立していない。
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視線。
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間。
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呼吸。
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それだけで成立している。
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朝比奈がふと笑う。
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「前より、話さなくなりましたね」
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あすかは少し考える。
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そして答える。
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「話さなくても分かるからですかね」
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朝比奈は少し驚いたあと、
ゆっくりうなずく。
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「たぶん、それです」
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その瞬間、
あすかは気づく。
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これはもう“関係の完成形に近い”。
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説明はいらない。
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確認もいらない。
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ただ、
そこにいる。
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それだけ。
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夜が深くなる。
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朝比奈が立ち上がる。
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「帰ります」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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扉の前。
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朝比奈は少しだけ立ち止まる。
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そして言う。
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「また明日」
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あすかは小さく笑う。
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「はい」
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カラン。
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扉が閉まる。
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あすかはカウンターに手を置く。
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静かな店内。
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でも、
空虚ではない。
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思う。
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言葉が減るほど、
関係は薄くなると思っていた。
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でも違った。
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むしろ、
深くなっていた。
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それはもう、
説明のいらない場所だった。
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(第13章 第7話へ続く)




