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あすかの幸せについて  作者: こうた
第13章 定義された日々

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第5話 揺れないもの

安定は、ときに退屈に見える。



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けれど本当に安定しているものは、


静かで、揺れない。



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七月。



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梅雨が明け、


空は急に明るくなった。



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あすかは「人生の交差点」に立っている。



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いつも通りの夜。



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いつも通りの音。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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もう驚きはない。



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ただ、少しだけ表情が柔らかくなる。



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「こんばんは」



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「こんばんは」



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それだけで空気が整う。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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氷の音が静かに鳴る。



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朝比奈が言う。



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「最近、少し思うんです」



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あすかは視線を上げる。



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「何をですか」



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朝比奈は少しだけ笑う。



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「落ち着きすぎてるなって」



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あすかは少し考える。



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そして答える。



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「悪いことですか?」



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朝比奈はすぐに首を振る。



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「いい意味です」



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沈黙。



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でもそれは不安ではない。



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朝比奈は続ける。



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「前は、もう少し不安とかあった気がするんです」



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あすかは小さくうなずく。



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確かにそうだった。



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最初は、少し怖かった。



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距離も。



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沈黙も。



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でも今は違う。



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あすかは言う。



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「今は、ないですね」



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朝比奈は少し笑う。



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「それがいいです」



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その言葉に、


あすかは静かに安心する。



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“揺れない関係”。



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それは、


情熱が薄れたということではない。



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むしろ、


形が定まったということだった。



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朝比奈がグラスを持つ。



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その動作はもう自然だ。



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あすかはそれを見ながら思う。



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この人といる時間は、


静かに積み重なっている。



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派手ではない。



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ドラマもない。



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でも、


それでいい。



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夜が更ける。



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会話は少ない。



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でも途切れない。



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朝比奈が立ち上がる。



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「そろそろ帰ります」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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扉の前。



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朝比奈は少しだけ振り返る。



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「また明日」



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あすかは少し笑う。



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「はい」



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カラン。



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扉が閉まる。



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静けさ。



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でも孤独ではない。



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あすかは思う。



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揺れないものは、


退屈ではない。



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それは、


信じられるということだ。



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そしてその信頼は、


静かに幸せへと変わっていく。



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(第13章 第6話へ続く)

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