第5話 揺れないもの
安定は、ときに退屈に見える。
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けれど本当に安定しているものは、
静かで、揺れない。
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七月。
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梅雨が明け、
空は急に明るくなった。
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あすかは「人生の交差点」に立っている。
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いつも通りの夜。
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いつも通りの音。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう驚きはない。
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ただ、少しだけ表情が柔らかくなる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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それだけで空気が整う。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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氷の音が静かに鳴る。
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朝比奈が言う。
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「最近、少し思うんです」
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あすかは視線を上げる。
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「何をですか」
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朝比奈は少しだけ笑う。
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「落ち着きすぎてるなって」
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あすかは少し考える。
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そして答える。
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「悪いことですか?」
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朝比奈はすぐに首を振る。
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「いい意味です」
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沈黙。
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でもそれは不安ではない。
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朝比奈は続ける。
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「前は、もう少し不安とかあった気がするんです」
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あすかは小さくうなずく。
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確かにそうだった。
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最初は、少し怖かった。
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距離も。
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沈黙も。
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でも今は違う。
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あすかは言う。
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「今は、ないですね」
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朝比奈は少し笑う。
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「それがいいです」
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その言葉に、
あすかは静かに安心する。
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“揺れない関係”。
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それは、
情熱が薄れたということではない。
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むしろ、
形が定まったということだった。
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朝比奈がグラスを持つ。
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その動作はもう自然だ。
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あすかはそれを見ながら思う。
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この人といる時間は、
静かに積み重なっている。
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派手ではない。
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ドラマもない。
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でも、
それでいい。
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夜が更ける。
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会話は少ない。
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でも途切れない。
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朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかはうなずく。
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「はい」
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扉の前。
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朝比奈は少しだけ振り返る。
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「また明日」
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あすかは少し笑う。
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「はい」
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カラン。
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扉が閉まる。
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静けさ。
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でも孤独ではない。
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あすかは思う。
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揺れないものは、
退屈ではない。
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それは、
信じられるということだ。
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そしてその信頼は、
静かに幸せへと変わっていく。
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(第13章 第6話へ続く)




