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あすかの幸せについて  作者: こうた
第13章 定義された日々

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第3話 不在の気配

何かがあることよりも、


何かが“ないこと”のほうが気づきやすい。



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五月。



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少しずつ暑さが混ざり始める季節。



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あすかはいつも通り店に立っていた。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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反射的に顔を上げる。



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違う客だった。



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そしてまた、


いつも通りの時間が流れる。



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その日、


朝比奈は来なかった。



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たったそれだけのことなのに、


店の空気が少しだけ違う。



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あすかは気づかないふりをする。



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グラスを拭く。



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会話をする。



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笑顔を作る。



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いつも通り。



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でも、


何かが静かに足りない。



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夜。



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閉店時間。



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あすかはスマートフォンを見る。



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通知はない。



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「おはよう」も「こんばんは」もない。



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ただそれだけ。



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理由は分かっている。



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忙しいのかもしれない。



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予定があるのかもしれない。



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何も問題はないはずだ。



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それでも。



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胸の奥に小さな違和感が残る。



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あすかはベッドに座る。



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窓の外は静か。



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音が少ない夜。



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ふと思う。



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私はこんなにも、


この人の存在に慣れていたのか。



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それは依存ではない。



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でも、


確実に“習慣”になっていた。



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翌日。



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それでも朝比奈は来ない。



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あすかは少しだけ時計を見る回数が増える。



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夜。



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ようやくメッセージが届く。



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> 「仕事が少し立て込んでいます。落ち着いたら行きます」





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あすかはそれを見て、


ゆっくり息を吐く。



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安心したわけではない。



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でも、


不安でもない。



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ただ、


少しだけ静かだった。



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その夜、


あすかは気づく。



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私はもう、


この人が“いる日常”に慣れている。



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そして同時に、


それがなくても生きていける自分もいる。



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二つの感覚が、


同時に存在していた。



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どちらも本当だった。



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数日後。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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その瞬間、


胸の奥が静かに動く。



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「こんばんは」



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「こんばんは」



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何事もなかったように、


時間は戻る。



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朝比奈は少し笑う。



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「少し、間が空いてしまいました」



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あすかはうなずく。



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「そうですね」



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朝比奈は続ける。



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「でも、変わらないですね」



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あすかは少し考える。



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そして答える。



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「変わらないです」



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その言葉に、


少しだけ安心が混ざる。



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関係は壊れていない。



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距離も変わっていない。



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ただ、


少しだけ“確かさ”が増えている。



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あすかは思う。



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不在は、


関係を壊すものではなかった。



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むしろ、


それを確認する時間だったのかもしれない。



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朝比奈がグラスを見つめる。



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あすかもそれを見る。



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言葉は少ない。



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でも十分だった。



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(第13章 第4話へ続く)

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