第3話 不在の気配
何かがあることよりも、
何かが“ないこと”のほうが気づきやすい。
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五月。
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少しずつ暑さが混ざり始める季節。
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あすかはいつも通り店に立っていた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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反射的に顔を上げる。
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違う客だった。
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そしてまた、
いつも通りの時間が流れる。
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その日、
朝比奈は来なかった。
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たったそれだけのことなのに、
店の空気が少しだけ違う。
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あすかは気づかないふりをする。
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グラスを拭く。
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会話をする。
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笑顔を作る。
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いつも通り。
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でも、
何かが静かに足りない。
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夜。
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閉店時間。
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あすかはスマートフォンを見る。
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通知はない。
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「おはよう」も「こんばんは」もない。
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ただそれだけ。
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理由は分かっている。
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忙しいのかもしれない。
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予定があるのかもしれない。
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何も問題はないはずだ。
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それでも。
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胸の奥に小さな違和感が残る。
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あすかはベッドに座る。
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窓の外は静か。
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音が少ない夜。
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ふと思う。
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私はこんなにも、
この人の存在に慣れていたのか。
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それは依存ではない。
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でも、
確実に“習慣”になっていた。
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翌日。
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それでも朝比奈は来ない。
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あすかは少しだけ時計を見る回数が増える。
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夜。
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ようやくメッセージが届く。
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> 「仕事が少し立て込んでいます。落ち着いたら行きます」
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あすかはそれを見て、
ゆっくり息を吐く。
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安心したわけではない。
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でも、
不安でもない。
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ただ、
少しだけ静かだった。
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その夜、
あすかは気づく。
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私はもう、
この人が“いる日常”に慣れている。
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そして同時に、
それがなくても生きていける自分もいる。
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二つの感覚が、
同時に存在していた。
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どちらも本当だった。
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数日後。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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その瞬間、
胸の奥が静かに動く。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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何事もなかったように、
時間は戻る。
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朝比奈は少し笑う。
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「少し、間が空いてしまいました」
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あすかはうなずく。
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「そうですね」
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朝比奈は続ける。
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「でも、変わらないですね」
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あすかは少し考える。
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そして答える。
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「変わらないです」
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その言葉に、
少しだけ安心が混ざる。
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関係は壊れていない。
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距離も変わっていない。
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ただ、
少しだけ“確かさ”が増えている。
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あすかは思う。
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不在は、
関係を壊すものではなかった。
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むしろ、
それを確認する時間だったのかもしれない。
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朝比奈がグラスを見つめる。
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あすかもそれを見る。
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言葉は少ない。
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でも十分だった。
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(第13章 第4話へ続く)




