第2話 日常の重なり
恋愛は、特別な出来事の積み重ねではない。
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むしろその逆で、
何も起きない時間の積み重ねだ。
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四月。
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桜はすでに散り始めていた。
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街は少しだけ落ち着いた空気に戻っている。
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あすかはいつも通り店に立っていた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう驚かない。
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でも、少しだけ嬉しい。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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それだけで会話が成立する関係。
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あすかはグラスを置く。
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朝比奈はいつもの席に座る。
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それが当たり前になっていた。
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朝比奈が言う。
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「今日、少し疲れました」
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あすかは少しだけ笑う。
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「仕事ですか」
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「はい」
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短いやり取り。
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それだけで十分だった。
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沈黙が落ちる。
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でもその沈黙は重くない。
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むしろ、
休息のような沈黙だった。
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あすかはふと思う。
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昔の自分なら、
沈黙が怖かった。
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何か話さなければいけないと思っていた。
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でも今は違う。
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何も話さなくてもいい時間がある。
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それが心地いい。
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朝比奈がふと笑う。
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「ここ、落ち着きますね」
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あすかは少しだけ視線を上げる。
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「そうですか」
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「はい」
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迷いのない返事。
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あすかは思う。
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この人は、
私の場所に自然に入ってきた。
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無理にではなく、
静かに。
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夜が深くなる。
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客はもういない。
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店内は二人だけ。
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あすかはグラスを拭く手を止める。
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少しだけ沈黙。
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そして言う。
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「今日は、帰りますか」
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朝比奈は少し考える。
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「もう少しだけいてもいいですか」
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あすかはうなずく。
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「いいですよ」
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時間はゆっくり流れる。
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会話はほとんどない。
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でも、それでいい。
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あすかは気づく。
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恋人になったからといって、
何かが劇的に変わるわけではない。
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でも確実に変わったものがある。
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「安心して沈黙できること」
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それが一番大きかった。
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やがて朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかも立つ。
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「はい」
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扉へ向かう。
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カラン。
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外の空気は少し冷たい。
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春と夜の境目。
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朝比奈が言う。
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「また明日も来ていいですか」
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あすかは少しだけ考えてから答える。
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「来てください」
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その言葉は、
もう確認ではなかった。
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約束でもなかった。
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ただの事実だった。
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朝比奈は少し笑う。
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「分かりました」
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別れる。
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あすかはその背中を見送る。
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思う。
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恋愛は始まるときよりも、
始まってからのほうが静かだ。
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でもその静けさは、
不安ではない。
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むしろ、
ようやく辿り着いた場所だった。
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(第13章 第3話へ続く)




