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あすかの幸せについて  作者: こうた
第13章 定義された日々

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第2話 日常の重なり

恋愛は、特別な出来事の積み重ねではない。



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むしろその逆で、


何も起きない時間の積み重ねだ。



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四月。



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桜はすでに散り始めていた。



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街は少しだけ落ち着いた空気に戻っている。



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あすかはいつも通り店に立っていた。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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もう驚かない。



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でも、少しだけ嬉しい。



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「こんばんは」



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「こんばんは」



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それだけで会話が成立する関係。



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あすかはグラスを置く。



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朝比奈はいつもの席に座る。



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それが当たり前になっていた。



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朝比奈が言う。



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「今日、少し疲れました」



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あすかは少しだけ笑う。



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「仕事ですか」



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「はい」



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短いやり取り。



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それだけで十分だった。



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沈黙が落ちる。



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でもその沈黙は重くない。



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むしろ、


休息のような沈黙だった。



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あすかはふと思う。



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昔の自分なら、


沈黙が怖かった。



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何か話さなければいけないと思っていた。



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でも今は違う。



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何も話さなくてもいい時間がある。



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それが心地いい。



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朝比奈がふと笑う。



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「ここ、落ち着きますね」



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あすかは少しだけ視線を上げる。



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「そうですか」



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「はい」



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迷いのない返事。



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あすかは思う。



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この人は、


私の場所に自然に入ってきた。



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無理にではなく、


静かに。



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夜が深くなる。



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客はもういない。



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店内は二人だけ。



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あすかはグラスを拭く手を止める。



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少しだけ沈黙。



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そして言う。



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「今日は、帰りますか」



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朝比奈は少し考える。



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「もう少しだけいてもいいですか」



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あすかはうなずく。



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「いいですよ」



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時間はゆっくり流れる。



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会話はほとんどない。



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でも、それでいい。



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あすかは気づく。



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恋人になったからといって、


何かが劇的に変わるわけではない。



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でも確実に変わったものがある。



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「安心して沈黙できること」



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それが一番大きかった。



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やがて朝比奈が立ち上がる。



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「そろそろ帰ります」



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あすかも立つ。



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「はい」



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扉へ向かう。



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カラン。



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外の空気は少し冷たい。



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春と夜の境目。



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朝比奈が言う。



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「また明日も来ていいですか」



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あすかは少しだけ考えてから答える。



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「来てください」



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その言葉は、


もう確認ではなかった。



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約束でもなかった。



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ただの事実だった。



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朝比奈は少し笑う。



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「分かりました」



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別れる。



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あすかはその背中を見送る。



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思う。



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恋愛は始まるときよりも、


始まってからのほうが静かだ。



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でもその静けさは、


不安ではない。



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むしろ、


ようやく辿り着いた場所だった。



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(第13章 第3話へ続く)

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