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あすかの幸せについて  作者: こうた
第13章 定義された日々

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第1話 変わらない朝

人は関係に名前をつけたあと、


すぐに何かが劇的に変わると思いがちだ。



---


でも実際は違う。



---


世界は、ほとんど変わらない。



---


三月下旬。



---


春の気配がようやく街に混ざり始めていた。



---


あすかは朝、


いつも通りの時間に目を覚ます。



---


変わらない部屋。



---


変わらない静けさ。



---


ただひとつ違うのは、


スマートフォンの通知だ。



---


> 「おはよう」





---


朝比奈からの短いメッセージ。



---


あすかはそれを見て、


少しだけ息を吐く。



---


自然に、笑っている自分に気づく。



---


> 「おはようございます」





---


返す。



---


それだけで一日が少し整う。



---



---


昼。



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仕事はいつも通り。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは反射的に顔を上げる。



---


朝比奈だった。



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もう驚かない。



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ただ、少しだけ嬉しい。



---


「こんにちは」



---


「こんにちは」



---


そのやり取りが、


もう“関係の確認”ではなくなっている。



---


当たり前になっていた。



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朝比奈は席に座る。



---


あすかはグラスを置く。



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何も特別なことはない。



---


でも、


その何もなさが心地いい。



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朝比奈が言う。



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「昨日、少し考えてたんですけど」



---


あすかは顔を上げる。



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「何をですか」



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朝比奈は少し笑う。



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「このままでいいのかなって」



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あすかは一瞬だけ止まる。



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でもすぐに理解する。



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不安ではない。



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確認だ。



---


関係の確認。



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あすかは少し考えてから言う。



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「私は、このままでいいと思います」



---


朝比奈は少し驚く。



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そして、安心したように笑う。



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「僕もです」



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沈黙。



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でもその沈黙は、


以前とは違う。



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“成立した関係の静けさ”だった。



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---


夜。



---


閉店後。



---


あすかはカウンターに座る。



---


朝比奈もいる。



---


もう「お客」ではない。



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ただ、隣にいる人だ。



---


朝比奈が言う。



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「不思議ですね」



---


あすかは首を傾げる。



---


「何がですか」



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「特別なことはしてないのに」



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「ああ、でも…」



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朝比奈は少し言葉を探す。



---


「安心してる」



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その言葉に、


あすかは静かにうなずく。



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自分も同じだった。



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何も劇的なことは起きない。



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喧嘩もない。



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ドラマもない。



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でも、


それでいい気がしていた。



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---


あすかは思う。



---


恋愛は、


始まる瞬間よりも、


始まった“後”のほうが難しい。



---



---


でも今は、


怖くない。



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---


朝比奈が立ち上がる。



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「そろそろ帰ります」



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あすかはうなずく。



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「はい」



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そして少しだけ間を置く。



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「また明日」



---


朝比奈は少し笑う。



---


「はい。また明日」



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---


扉が閉まる。



---


カラン。



---


音が消えたあと、


あすかはひとり残る。



---


静か。



---


でも孤独ではない。



---



---


あすかは思う。



---


私は今、


ちゃんと“選んだ側”にいる。



---



---


そして、


それは思っていたよりずっと静かなことだった。



---


(第13章 第2話へ続く)

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