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あすかの幸せについて  作者: こうた
第12章 名前を与える日

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第9話 告白

言葉は、使わなければ意味を持たない。



---


でも本当に大切な言葉ほど、


人は最後まで取っておく。



---


三月初旬。



---


少しだけ春の匂いが混ざり始めた夜だった。



---


「人生の交差点」。



---


閉店後。



---


店内はいつもより静かだった。



---


あすかはグラスを拭く手を止める。



---


今日は分かっていた。



---


朝比奈が「時間をもらえますか」と言った日。



---


その答えの日だ。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


朝比奈が入ってくる。



---


いつも通りのようで、


少しだけ違う顔だった。



---


緊張している。



---


それが分かる。



---


あすかも同じだった。



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「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


声は落ち着いている。



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でも、


どこか張りつめている。



---


朝比奈は席に座る。



---


いつもより、


グラスに触れる手が遅い。



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沈黙。



---


最初に話し始めたのは朝比奈だった。



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「単刀直入に言います」



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あすかは顔を上げる。



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心臓の音が少しだけ強くなる。



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朝比奈は続ける。



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「好きです」



---


その言葉は、


思っていたより静かだった。



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でも確かだった。



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飾りもない。



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逃げもない。



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ただ真っ直ぐだった。



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あすかは一瞬だけ息を止める。



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分かっていた。



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気づいていた。



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でも、


言葉になると違う。



---


現実になる。



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朝比奈は続ける。



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「ずっと言おうと思ってました」



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「でも、今になりました」



---


あすかは視線を落とす。



---


グラスの縁を見る。



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自分の中にある答えは、


もう決まっている。



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でも言葉にするのは、


少しだけ怖い。



---


それでも。



---


ここまで来てしまった。



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あすかはゆっくり息を吐く。



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そして顔を上げる。



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朝比奈を見る。



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その目は逃げていない。



---


あすかは小さく言う。



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「私もです」



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一瞬、間が空く。



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朝比奈が理解するまで、


ほんの少し時間がかかる。



---


そして、


静かに息を飲む。



---


「それって……」



---


あすかはうなずく。



---


「好きです」



---


言葉にした瞬間、


世界の音が少しだけ変わる。



---


静かだった店内が、


さらに静かになる。



---


でも不思議と怖くない。



---


むしろ、


長く続いていた曖昧さが、


ようやく終わったような感覚だった。



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朝比奈は目を伏せる。



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そして小さく笑う。



---


「良かった」



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その一言だけで、


胸の奥がほどける。



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あすかも少しだけ笑う。



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でも涙は出ない。



---


悲しみではないからだ。



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これは始まりだった。



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朝比奈が言う。



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「付き合ってください」



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あすかは迷わない。



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「はい」



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即答だった。



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その瞬間、


二人の間にあった境界線が消える。



---


名前のない関係は終わる。



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そして新しい関係が始まる。



---


店の時計の音だけが響く。



---


朝比奈が少し笑う。



---


あすかも笑う。



---


それだけで、


十分だった。



---


カラン。



---


扉の外には、


まだ春には早い夜が広がっている。



---


でも二人の中では、


確かに何かが始まっていた。



---


(第12章 第10話へ続く)

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