第9話 告白
言葉は、使わなければ意味を持たない。
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でも本当に大切な言葉ほど、
人は最後まで取っておく。
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三月初旬。
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少しだけ春の匂いが混ざり始めた夜だった。
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「人生の交差点」。
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閉店後。
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店内はいつもより静かだった。
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あすかはグラスを拭く手を止める。
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今日は分かっていた。
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朝比奈が「時間をもらえますか」と言った日。
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その答えの日だ。
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カラン。
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扉が開く。
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朝比奈が入ってくる。
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いつも通りのようで、
少しだけ違う顔だった。
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緊張している。
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それが分かる。
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あすかも同じだった。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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声は落ち着いている。
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でも、
どこか張りつめている。
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朝比奈は席に座る。
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いつもより、
グラスに触れる手が遅い。
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沈黙。
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最初に話し始めたのは朝比奈だった。
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「単刀直入に言います」
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あすかは顔を上げる。
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心臓の音が少しだけ強くなる。
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朝比奈は続ける。
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「好きです」
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その言葉は、
思っていたより静かだった。
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でも確かだった。
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飾りもない。
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逃げもない。
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ただ真っ直ぐだった。
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あすかは一瞬だけ息を止める。
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分かっていた。
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気づいていた。
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でも、
言葉になると違う。
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現実になる。
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朝比奈は続ける。
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「ずっと言おうと思ってました」
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「でも、今になりました」
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あすかは視線を落とす。
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グラスの縁を見る。
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自分の中にある答えは、
もう決まっている。
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でも言葉にするのは、
少しだけ怖い。
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それでも。
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ここまで来てしまった。
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あすかはゆっくり息を吐く。
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そして顔を上げる。
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朝比奈を見る。
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その目は逃げていない。
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あすかは小さく言う。
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「私もです」
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一瞬、間が空く。
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朝比奈が理解するまで、
ほんの少し時間がかかる。
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そして、
静かに息を飲む。
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「それって……」
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あすかはうなずく。
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「好きです」
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言葉にした瞬間、
世界の音が少しだけ変わる。
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静かだった店内が、
さらに静かになる。
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でも不思議と怖くない。
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むしろ、
長く続いていた曖昧さが、
ようやく終わったような感覚だった。
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朝比奈は目を伏せる。
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そして小さく笑う。
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「良かった」
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その一言だけで、
胸の奥がほどける。
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あすかも少しだけ笑う。
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でも涙は出ない。
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悲しみではないからだ。
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これは始まりだった。
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朝比奈が言う。
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「付き合ってください」
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あすかは迷わない。
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「はい」
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即答だった。
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その瞬間、
二人の間にあった境界線が消える。
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名前のない関係は終わる。
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そして新しい関係が始まる。
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店の時計の音だけが響く。
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朝比奈が少し笑う。
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あすかも笑う。
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それだけで、
十分だった。
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カラン。
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扉の外には、
まだ春には早い夜が広がっている。
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でも二人の中では、
確かに何かが始まっていた。
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(第12章 第10話へ続く)




