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あすかの幸せについて  作者: こうた
第12章 名前を与える日

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第7話 あすかの自覚

気づくというのは、いつも少し遅れてやってくる。



---


感情は先にあって、


理解はあとから追いつく。



---


二月中旬。



---


一週間の出張が終わり、


日常は戻っていた。



---


「人生の交差点」。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


その瞬間、


胸の奥が静かに反応する。



---


もう驚かない。



---


むしろ安心に近い。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


二人の声は、


自然に重なるようになっていた。



---


朝比奈は席に座る。



---


グラスが置かれる。



---


いつもの流れ。



---


いつもの時間。



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でも今日は違う。



---


あすかは、


自分の中にある感情を見てしまっていた。



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一週間の不在。



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戻ってきた瞬間の安心。



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「おかえりなさい」と言った自分。



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そのすべてが、


一つの答えになっている。



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私はこの人が好きだ。



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それはもう疑いではなかった。



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事実に近かった。



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あすかはグラスを拭く手を止める。



---


朝比奈がそれに気づく。



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「どうかしましたか」



---


あすかは少しだけ間を置く。



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そして、


小さく首を振る。



---


「なんでもないです」



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本当は違う。



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でも、


今はまだ言葉にしたくない。



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いや、


正確には違う。



---


言葉にしたら、


何かが変わってしまいそうだった。



---


朝比奈が何かを感じ取ったように、


少しだけ静かになる。



---


沈黙。



---


しかしその沈黙は、


以前のような曖昧さではない。



---


“理解されている沈黙”だった。



---


あすかは思う。



---


この人といる時間は、


もう安全だ。



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何を言っても壊れない。



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何も言わなくても、


伝わってしまう。



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それは、


少し怖くて、


少し嬉しい。



---


朝比奈が言う。



---


「最近、少し忙しくて」



---


あすかはうなずく。



---


「知ってます」



---


その一言が出た瞬間、


自分でも少し驚く。



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朝比奈が少し笑う。



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「心配してましたか?」



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あすかは一瞬止まる。



---


そして正直に答える。



---


「してました」



---


その言葉は、


思ったより簡単に出た。



---


朝比奈は少しだけ目を見開く。



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そして、


とても柔らかく笑う。



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「嬉しいです」



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その一言で、


胸の奥が静かにほどける。



---


あすかは気づく。



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私はもう、


この人のことを“特別な誰か”として見ている。



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友達ではない。



---


お客でもない。



---


ただの関係でもない。



---


もっと曖昧で、


もっと確かなもの。



---


朝比奈がグラスを持つ。



---


その仕草が、


やけに自然に見える。



---


あすかは思う。



---


この人といるときの自分は、


少しだけ素直だ。



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無理をしていない。



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取り繕っていない。



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それが心地いい。



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そして同時に、


少しだけ怖い。



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なぜなら、


この関係はもう戻れない場所に向かっているから。



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朝比奈が言う。



---


「あすかさん」



---


その呼び方に、


胸が少し跳ねる。



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あすかは顔を上げる。



---


朝比奈は続ける。



---


「また今度、ゆっくり話したいです」



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あすかは迷わない。



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「はい」



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即答だった。



---


その瞬間、


二人の間にあった最後の曖昧さが、


少しだけ形を持ち始める。



---


あすかは思う。



---


私はもう、


この人を失いたくない。



---


それは恋だと、


認めていい気がしていた。



---


でもまだ言葉にはしない。



---


今は、


このままでいい。



---


そう思えること自体が、


答えなのかもしれなかった。



---


(第12章 第8話へ続く)

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