第6話 離れて気づくこと
距離は、あるとき急に存在感を持つ。
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それまでは当たり前だったものが、
突然「ないもの」に変わる。
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一週間。
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朝比奈は出張に出ていた。
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あすかの日常は、
いつも通りに流れているはずだった。
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仕事。
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帰宅。
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食事。
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眠る。
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変わらないはずの繰り返し。
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それなのに、
どこかが静かすぎる。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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違う客。
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そしてまた沈黙。
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その繰り返し。
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ふとした瞬間に、
気づいてしまう。
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扉の音に、
少しだけ期待している自分に。
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そのたびに、
小さく胸が動く。
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そして何も起きない。
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その小さな失望が、
積み重なっていく。
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夜。
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帰宅したあすかは、
何気なくスマートフォンを見る。
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メッセージはない。
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分かっている。
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忙しいと言っていた。
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それでも、
少しだけ指が止まる。
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何を期待しているのか。
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自分でも分からない。
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ただ、
いつものやり取りがないだけで、
世界が少しだけ静かに感じる。
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一週間前。
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朝比奈は「帰ったらまた来ます」と言った。
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その言葉を思い出す。
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たったそれだけなのに、
支えになっていたことに気づく。
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あすかは小さく息を吐く。
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ベッドに座る。
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窓の外には夜。
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静かすぎる夜。
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そのとき、
ふと思う。
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私はこの人に会いたいのだ。
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以前なら、
ここまで明確ではなかった。
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でも今は違う。
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会いたい。
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それだけの言葉が、
はっきりと形を持っている。
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翌日。
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仕事中。
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無意識に時計を見る回数が増える。
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いつもなら気にしない時間。
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それでも、
どこかで思っている。
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そろそろ戻ってくる頃ではないか。
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その期待に気づいてしまい、
少しだけ苦笑する。
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閉店間際。
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カラン。
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扉が開く。
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反射的に顔を上げる。
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朝比奈だった。
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あすかは一瞬、
呼吸を忘れる。
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「こんばんは」
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その声が、
いつもより少しだけ嬉しく聞こえた。
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朝比奈は少し笑う。
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「ただいま戻りました」
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その言葉に、
あすかは小さく驚く。
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「ただいま?」
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朝比奈は少しだけ照れる。
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「なんとなくです」
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あすかは笑う。
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そして気づく。
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この言葉が、
なぜこんなに嬉しいのか。
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ただの帰還の挨拶。
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それだけなのに。
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胸の奥が温かい。
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あすかは静かに言う。
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「おかえりなさい」
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言った瞬間、
少しだけ自分に驚く。
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朝比奈も少し固まる。
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そして、
とても優しく笑う。
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「ありがとうございます」
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沈黙。
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でも今夜の沈黙は違う。
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離れていた時間を、
埋めるような沈黙。
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あすかは思う。
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私はこの人がいない時間を、
もう平気ではいられない。
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それは弱さではない。
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むしろ、
生きているということなのかもしれない。
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朝比奈がグラスを見つめる。
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あすかもそれを見る。
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同じ時間。
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同じ空気。
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そして同じ気持ちに近づいている。
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言葉にしなくても、
もう十分だった。
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一週間の空白は、
二人の関係を少しだけ変えていた。
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より確かに。
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より深く。
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そして、
より戻れない方向へ。
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(第12章 第7話へ続く)




