第4話 近づく距離
距離というものは、
歩いて縮めるものではない。
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気づいたときには、
もう近くなっているものだ。
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一月下旬。
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冬の寒さは続いていた。
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それでも、
あすかの心は以前ほど冷えていなかった。
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仕事を終えた帰り道。
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スマートフォンが震える。
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朝比奈からのメッセージだった。
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> 「今日、少しだけ時間ありますか?」
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あすかは自然に笑う。
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そして返信する。
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> 「あります」
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迷わなかった。
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以前なら、
予定を確認して、
少し考えていたかもしれない。
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でも今は違う。
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会いたいと思った。
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それだけだった。
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待ち合わせたのは川沿いの遊歩道。
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近くにカフェがあり、
夜になると人通りも少なくなる場所だった。
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朝比奈は先に来ていた。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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もう、
このやり取りだけで安心する。
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二人はゆっくり歩き始める。
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川面に街灯の光が映る。
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風は冷たい。
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でも隣に誰かがいるだけで、
少し違う。
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朝比奈が言う。
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「最近、仕事どうですか」
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他愛ない会話。
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でも、
自然に続く。
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無理がない。
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話したいから話している。
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その感覚が心地いい。
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歩きながら、
あすかはふと思う。
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最初に会った頃。
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朝比奈は少し遠い人だった。
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優しいけれど、
どこか手の届かない場所にいる人。
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そんな印象だった。
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でも今は違う。
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隣を歩いている。
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同じ景色を見ている。
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同じことで笑っている。
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その事実が、
なぜか嬉しい。
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朝比奈がふと立ち止まる。
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橋の上だった。
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夜景が広がっている。
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二人は並んで川を見る。
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しばらく無言。
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しかし、
その沈黙は温かい。
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朝比奈が言う。
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「不思議ですね」
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「何がですか」
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「最初は店で話すだけだったのに」
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あすかは少し笑う。
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「そうですね」
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朝比奈も笑う。
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「今はこうして歩いてる」
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その言葉に、
あすかの胸が少しだけ熱くなる。
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自分も同じことを考えていた。
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朝比奈が続ける。
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「良かったと思ってます」
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静かな声だった。
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でも本心だと分かった。
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あすかは夜景を見る。
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そして小さく答える。
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「私もです」
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風が吹く。
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髪が揺れる。
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朝比奈が少し心配そうに言う。
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「寒くないですか」
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あすかは笑う。
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「少しだけ」
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すると朝比奈は、
自分のマフラーを少し外しかける。
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あすかは慌てる。
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「大丈夫です」
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朝比奈も少し照れたように笑う。
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「そうですよね」
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二人とも笑う。
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ほんの短いやり取り。
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でも、
胸の奥が温かくなる。
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やがて帰る時間になる。
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駅へ向かう道。
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少しだけ歩く速度が遅い。
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どちらも意識していない。
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でも、
もう少し一緒にいたい。
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そんな気持ちが、
どこかにある。
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改札前。
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朝比奈が言う。
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「今日はありがとうございました」
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あすかは首を横に振る。
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「こちらこそ」
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少しだけ沈黙。
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そして朝比奈が笑う。
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「次は、もう少し暖かい日に歩きたいですね」
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あすかも笑う。
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「そうですね」
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その約束は、
とても自然だった。
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別れ際。
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二人とも少しだけ振り返る。
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そして目が合う。
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小さく手を振る。
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それだけ。
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それだけなのに、
胸が少しだけ高鳴る。
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あすかは帰り道で思う。
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この人といる時間は、
もう特別になっている。
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そして、
その特別さを失いたくないと思っている。
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その気持ちは、
もうごまかせなかった。
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(第12章 第5話「失いたくないもの」へ続く)




