第3話 店の外の時間
場所が変わるだけで、
人は少しだけ違う顔を見せる。
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一月中旬。
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初詣の日から数日が過ぎていた。
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あすかは仕事を終え、
駅へ向かっていた。
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冬の夕暮れ。
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空は薄い群青色に染まり始めている。
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スマートフォンが震える。
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朝比奈からだった。
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> 「仕事帰りですか?」
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短いメッセージ。
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あすかは少し考えてから返信する。
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> 「今終わりました」
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数秒後。
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返事が来る。
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> 「もし時間があれば、少しお茶でもどうですか」
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あすかは画面を見つめる。
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そして自然に笑った。
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以前なら迷ったかもしれない。
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でも今は違う。
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> 「大丈夫です」
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送信する。
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胸の奥が少しだけ軽くなる。
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待ち合わせたのは駅近くの小さなカフェだった。
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ガラス越しに朝比奈が見える。
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先に来ている。
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あすかは思わず笑う。
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また少し早く来たのだろう。
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店に入る。
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朝比奈が立ち上がる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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向かい合って座る。
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店内には静かな音楽が流れている。
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「人生の交差点」とは違う空気。
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でも不思議と居心地は悪くない。
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コーヒーが運ばれてくる。
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湯気がゆっくり上がる。
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朝比奈が言う。
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「こうして会うの、二回目ですね」
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あすかはうなずく。
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「そうですね」
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少しだけ笑う。
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その事実が、
なぜか嬉しかった。
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会話が続く。
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仕事のこと。
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好きな本のこと。
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最近見た映画のこと。
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特別な話ではない。
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でも、
それが楽しい。
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朝比奈が話す横顔を見る。
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店では気づかなかった表情。
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少しだけ無防備な笑顔。
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考え込む癖。
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話している途中で視線が泳ぐところ。
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そういう小さなものが見えてくる。
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あすかは思う。
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もっと知りたい。
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その感情に気づく。
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朝比奈のことを。
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どんな人生を歩いてきたのか。
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何が好きなのか。
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何を大切にしているのか。
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知りたいと思う。
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その気持ちは、
もう単なる興味ではなかった。
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時間が過ぎる。
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気づけば二時間近く話していた。
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朝比奈が時計を見る。
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「長居してしまいました」
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あすかも時計を見る。
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本当だ。
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でも、
もっと短く感じていた。
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店を出る。
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夜の空気は冷たい。
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二人は駅へ向かって歩く。
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歩幅が自然に合う。
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それが少し嬉しい。
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信号待ち。
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並んで立つ。
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会話は途切れている。
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でも気まずくない。
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むしろ落ち着く。
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朝比奈が言う。
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「また誘ってもいいですか」
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あすかは顔を上げる。
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その言葉に、
少しだけ胸が跳ねる。
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朝比奈は少し照れたように笑う。
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「迷惑でなければ」
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あすかは首を横に振る。
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「迷惑じゃないです」
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そして少しだけ考える。
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「私も、また会いたいです」
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言った瞬間、
少しだけ恥ずかしくなる。
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でも後悔はなかった。
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朝比奈は一瞬驚き、
そして本当に嬉しそうに笑った。
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「良かった」
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その笑顔を見て、
あすかも笑う。
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駅が近づく。
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別れる時間が来る。
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でも以前ほど寂しくない。
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また会えると分かっているから。
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それは、
とても大きな違いだった。
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改札前。
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「お疲れさまでした」
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「お疲れさまでした」
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少しだけ沈黙。
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そして朝比奈が言う。
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「次も楽しみにしています」
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あすかは自然に答える。
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「私もです」
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朝比奈が手を振る。
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あすかも小さく振り返す。
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その姿が見えなくなるまで、
少しだけその場に立っていた。
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胸の奥が温かい。
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幸せという言葉にはまだ早いかもしれない。
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でも、
確実に近づいている。
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あすかはそう思った。
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(第12章 第4話「近づく距離」へ続く)




