第2話 初詣
約束というものは不思議だ。
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会うと決まっただけなのに、
その日までの時間の流れが少し変わる。
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一月五日。
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冬の空は澄んでいた。
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朝。
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あすかは鏡の前に立つ。
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何度目か分からない確認をしている。
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髪。
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服。
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コート。
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別に特別なことではない。
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初詣に行くだけ。
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そう自分に言い聞かせる。
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しかし、
いつもより少しだけ時間をかけている自分がいた。
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玄関を出る。
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冷たい空気。
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吐く息は白い。
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待ち合わせ場所へ向かう。
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駅前。
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人は多い。
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正月休みの名残が残っている。
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あすかは少し早く着いた。
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時計を見る。
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まだ十分前。
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そのとき。
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「お待たせしました」
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声が聞こえる。
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振り向く。
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朝比奈だった。
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あすかは少し驚く。
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自分より早く来ていたのかもしれない。
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朝比奈は少し照れたように笑う。
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「実は十五分くらい前からいました」
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あすかは思わず笑う。
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「早すぎませんか」
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「そうかもしれません」
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二人とも少し笑う。
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その笑いだけで、
緊張が少し和らぐ。
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神社へ向かう。
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並んで歩く。
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店では何度も会っている。
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なのに、
外で会うだけで少し違う。
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朝比奈も同じらしい。
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会話が少しだけぎこちない。
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でも嫌ではない。
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むしろ、
そのぎこちなさが少し心地いい。
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参道には屋台が並んでいた。
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甘い匂い。
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子どもたちの笑い声。
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冬の青空。
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あすかはふと思う。
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こういう場所を、
誰かと歩くのはいつ以来だろう。
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悠真と別れてから、
ずっと一人だった。
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朝比奈が隣にいる。
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その事実が、
思ったより自然だった。
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本殿へ着く。
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列に並ぶ。
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前の人が参拝を終える。
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順番が来る。
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二人は手を合わせる。
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何を願ったのか。
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あすか自身もよく分からない。
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ただ、
今の時間が続けばいいと思った。
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それだけだった。
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参拝を終える。
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階段を下りる。
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朝比奈が言う。
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「何をお願いしましたか」
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あすかは少し笑う。
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「言ったら叶わないかもしれません」
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朝比奈も笑う。
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「それは困りますね」
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二人は境内を歩く。
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特に目的はない。
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それでも時間は過ぎていく。
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不思議だった。
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何も特別なことをしていない。
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それなのに楽しい。
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屋台の前で足を止める。
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甘酒。
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湯気が立っている。
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朝比奈が言う。
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「飲みますか」
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「飲みます」
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紙コップを受け取る。
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温かい。
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冷えた指先に熱が伝わる。
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あすかは一口飲む。
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少しだけ甘い。
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朝比奈も飲んでいる。
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その姿を見て、
自然に笑みがこぼれる。
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朝比奈が気づく。
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「どうしました?」
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あすかは首を振る。
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「なんでもないです」
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本当は違う。
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ただ、
楽しいと思った。
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それだけ。
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それだけなのに、
言葉にすると少し照れくさい。
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午後。
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帰る時間になる。
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駅前まで戻る。
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少しだけ名残惜しい。
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あすかはその感情に気づく。
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朝比奈も同じようだった。
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しかし、
どちらも口にはしない。
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朝比奈が言う。
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「今日はありがとうございました」
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あすかは答える。
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「こちらこそ」
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少しだけ沈黙。
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そして朝比奈が笑う。
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「思った以上に楽しかったです」
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その言葉に、
あすかの胸が少しだけ温かくなる。
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あすかも笑う。
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「私もです」
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それは本心だった。
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朝比奈は少し安心したように笑う。
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その笑顔を見ながら、
あすかは思う。
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店の中だけでは分からなかった。
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この人といる時間が好きなのだ。
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その事実が、
少しずつ形になり始めていた。
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「また会いましょう」
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朝比奈が言う。
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あすかは迷わず答える。
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「はい」
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その返事は、
今までで一番自然だった。
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冬の空は高かった。
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新しい年は始まったばかり。
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そして二人の関係も、
少しずつ新しい場所へ進み始めていた。
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(第12章 第3話「店の外の時間」へ続く)




