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あすかの幸せについて  作者: こうた
第11章 名前のない確信

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第9話 言いかけた言葉

人は本当に大切なことほど、


簡単には口にできない。



---


言葉になりかけて、


消えていく。



---


その繰り返しの先に、


ようやく本音がある。



---


十二月三十日。



---


今年も残りわずかになっていた。



---


「人生の交差点」。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


その姿を見た瞬間、


胸の奥が少しだけ軽くなる。



---


最近では、


それが自然になっていた。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


短い挨拶。



---


しかし、


その一言だけで十分だった。



---


朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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店内は静かだった。



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マスターも余計なことは言わない。



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もう何も急かさない。



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二人の時間を、


そのまま置いている。



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朝比奈が言う。



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「もう年末ですね」



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「そうですね」



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「早かったですか?」



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あすかは少し考える。



---


今年の前半。



---


悠真との別れ。



---


空白。



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再生。



---


朝比奈との出会い。



---


たくさんのことがあった。



---


それなのに、


今は不思議と穏やかだった。



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「長かった気もします」



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朝比奈は少し笑う。



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「それ、分かります」



---


会話が続く。



---


自然に。



---


無理なく。



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そして、


途切れたあとも気まずくない。



---


沈黙。



---


しかしその沈黙は、


以前とはまったく違う。



---


安心に近い。



---


居場所に近い。



---


朝比奈がグラスを見つめながら言う。



---


「今年、ここに来て良かったです」



---


あすかは顔を上げる。



---


朝比奈は続ける。



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「本当にそう思います」



---


静かな声だった。



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でも、


そこには確かな感情があった。



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あすかは答えようとして、


少し止まる。



---


胸の奥に言葉が浮かぶ。



---


「私もです」



---


それだけではない。



---


もっと別の言葉。



---


もっと近い言葉。



---


でも、


まだ形にならない。



---


朝比奈がこちらを見る。



---


目が合う。



---


いつもより少し長い。



---


その時間の中で、


何かを言いそうになる。



---


あすかも同じだった。



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「あの――」



---


同時だった。



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二人とも言葉を出しかけて、


止まる。



---


一瞬の沈黙。



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そして二人とも少しだけ笑う。



---


朝比奈が言う。



---


「すみません」



---


「いえ」



---


あすかも笑う。



---


その空気が、


妙に心地いい。



---


言えなかった。



---


でも、


伝わらなかったわけでもない。



---


そんな不思議な感覚。



---


やがて時間が過ぎる。



---


朝比奈が立ち上がる。



---


「今年も、あと少しですね」



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「そうですね」



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「また来ます」



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その言葉に、


あすかは少しだけ安心する。



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自然に出た言葉だった。



---


「待ってます」



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言ったあとで、


自分でも少し驚く。



---


朝比奈も少し驚いた顔をする。



---


そして、


とても穏やかに笑う。



---


「ありがとうございます」



---


カラン。



---


扉が閉まる。



---


あすかはその音を聞きながら、


小さく息を吐く。



---


今日、


何かを言いかけた。



---


そして言えなかった。



---


でも不思議と後悔はない。



---


きっと、


もう少しだけ先でいい。



---


そう思えた。



---


なぜなら、


二人とも同じ場所を見ている気がしたからだ。



---


名前はまだない。



---


でも、


確信だけは静かに育っていた。



---


(第11章 第10話へ続く)

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