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あすかの幸せについて  作者: こうた
第11章 名前のない確信

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第8話 少しだけ踏み込む

親しくなるというのは、


相手を知ることではない。



---


自分のことを少しだけ話してもいいと思えることだ。



---


十二月下旬。



---


年末の光が街に残る夜。



---


「人生の交差点」。



---


カラン。



---


扉が開く。



---


あすかは自然に顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


もう、その姿を探すことはない。



---


探さなくても、


来る気がしている。



---


それが当たり前になり始めていた。



---


「こんばんは」



---


「こんばんは」



---


短い挨拶。



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しかし、その声にはどこか安心感があった。



---


朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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店内は静かだった。



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マスターは奥で伝票を整理している。



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邪魔をしないように、


見守っているようにも見えた。



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朝比奈がグラスを見つめながら言う。



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「年末って、少し苦手なんです」



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あすかは顔を上げる。



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これまでなら聞かなかったかもしれない。



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でも今日は違う。



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「どうしてですか」



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朝比奈は少しだけ笑う。



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「一年を振り返るでしょう?」



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「そうですね」



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「毎年、自分が思っていたほど前に進んでない気がして」



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静かな声だった。



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弱音というほどではない。



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でも、


少しだけ本音だった。



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あすかは黙って聞く。



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朝比奈は続ける。



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「頑張ってないわけじゃないんです」



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「でも、理想の自分にはなれていない気がして」



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その言葉に、


あすかはなぜか共感した。



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完璧に理解したわけではない。



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でも、


その感覚は知っている。



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少し考えてから言う。



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「私は逆です」



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朝比奈が顔を上げる。



---


「逆?」



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あすかは小さくうなずく。



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「前に進めてるかどうか、最近は考えなくなりました」



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朝比奈は静かに聞いている。



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「昔は気にしてましたけど」



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「今は、ちゃんと今日を終えられたら、それでいいかなって」



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言葉にした瞬間、


少しだけ不思議な気持ちになる。



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こんな話をしたことがあっただろうか。



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少なくとも最近はない。



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朝比奈は少しだけ笑った。



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「それ、少し羨ましいです」



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あすかも小さく笑う。



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「たぶん、諦めに近いですよ」



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「違うと思います」



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朝比奈は即答した。



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その答え方に、


あすかは少しだけ驚く。



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朝比奈は続ける。



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「そういう考え方ができるのって、強さだと思います」



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その言葉は、


思ったより深く胸に落ちた。



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褒められたからではない。



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理解された気がしたからだ。



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沈黙が落ちる。



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しかし今日は、


その沈黙が温かい。



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何も話さなくても、


さっきの会話が残っている。



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朝比奈はグラスを持つ。



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あすかも同じようにグラスを見る。



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目が合う。



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少しだけ笑う。



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それだけ。



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それだけなのに、


胸の奥が少しだけ柔らかくなる。



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やがて時間が過ぎる。



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朝比奈が立ち上がる。



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「そろそろ帰ります」



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あすかは少しだけ残念に思う。



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その感情に、


自分で気づいてしまう。



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しかし口には出さない。



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「お疲れさまです」



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朝比奈は軽く会釈する。



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扉へ向かう。



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カラン。



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扉が閉まる。



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静寂。



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あすかはグラスを見つめる。



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今日は少しだけ、


相手のことを知った。



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そして少しだけ、


自分のことを話した。



---


ほんのわずかなこと。



---


でも、


関係というのはたぶん、


そういう小さな積み重ねでできていく。



---


あすかは静かに思う。



---


この時間が終わることを、


想像したくなかった。



---


(第11章 第9話へ続く)

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