第8話 少しだけ踏み込む
親しくなるというのは、
相手を知ることではない。
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自分のことを少しだけ話してもいいと思えることだ。
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十二月下旬。
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年末の光が街に残る夜。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは自然に顔を上げる。
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朝比奈だった。
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もう、その姿を探すことはない。
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探さなくても、
来る気がしている。
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それが当たり前になり始めていた。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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短い挨拶。
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しかし、その声にはどこか安心感があった。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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店内は静かだった。
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マスターは奥で伝票を整理している。
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邪魔をしないように、
見守っているようにも見えた。
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朝比奈がグラスを見つめながら言う。
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「年末って、少し苦手なんです」
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あすかは顔を上げる。
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これまでなら聞かなかったかもしれない。
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でも今日は違う。
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「どうしてですか」
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朝比奈は少しだけ笑う。
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「一年を振り返るでしょう?」
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「そうですね」
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「毎年、自分が思っていたほど前に進んでない気がして」
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静かな声だった。
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弱音というほどではない。
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でも、
少しだけ本音だった。
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あすかは黙って聞く。
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朝比奈は続ける。
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「頑張ってないわけじゃないんです」
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「でも、理想の自分にはなれていない気がして」
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その言葉に、
あすかはなぜか共感した。
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完璧に理解したわけではない。
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でも、
その感覚は知っている。
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少し考えてから言う。
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「私は逆です」
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朝比奈が顔を上げる。
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「逆?」
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あすかは小さくうなずく。
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「前に進めてるかどうか、最近は考えなくなりました」
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朝比奈は静かに聞いている。
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「昔は気にしてましたけど」
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「今は、ちゃんと今日を終えられたら、それでいいかなって」
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言葉にした瞬間、
少しだけ不思議な気持ちになる。
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こんな話をしたことがあっただろうか。
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少なくとも最近はない。
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朝比奈は少しだけ笑った。
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「それ、少し羨ましいです」
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あすかも小さく笑う。
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「たぶん、諦めに近いですよ」
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「違うと思います」
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朝比奈は即答した。
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その答え方に、
あすかは少しだけ驚く。
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朝比奈は続ける。
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「そういう考え方ができるのって、強さだと思います」
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その言葉は、
思ったより深く胸に落ちた。
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褒められたからではない。
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理解された気がしたからだ。
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沈黙が落ちる。
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しかし今日は、
その沈黙が温かい。
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何も話さなくても、
さっきの会話が残っている。
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朝比奈はグラスを持つ。
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あすかも同じようにグラスを見る。
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目が合う。
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少しだけ笑う。
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それだけ。
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それだけなのに、
胸の奥が少しだけ柔らかくなる。
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やがて時間が過ぎる。
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朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ残念に思う。
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その感情に、
自分で気づいてしまう。
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しかし口には出さない。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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静寂。
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あすかはグラスを見つめる。
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今日は少しだけ、
相手のことを知った。
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そして少しだけ、
自分のことを話した。
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ほんのわずかなこと。
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でも、
関係というのはたぶん、
そういう小さな積み重ねでできていく。
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あすかは静かに思う。
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この時間が終わることを、
想像したくなかった。
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(第11章 第9話へ続く)




