第5話 帰り際の余韻
関係の温度は、
その場にいるときよりも、離れたあとに分かることがある。
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十二月下旬。
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夜は静かに続いていた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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あすかが先に言う。
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朝比奈は少しだけ間を置いて、
「こんばんは」と返す。
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その間が、
もう気にならない。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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マスターは何も言わない。
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しかし、今日はどこか柔らかい空気が流れていた。
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朝比奈が言う。
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「今日は、少し寒さが優しいですね」
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あすかは少しだけ考える。
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「慣れてきただけかもしれません」
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朝比奈は小さく笑う。
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「それもありますね」
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会話は短い。
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でも途切れない。
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そのことが、少しだけ嬉しい。
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あすかは気づく。
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以前は、沈黙を避けるために言葉があった。
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今は違う。
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沈黙を共有するために、言葉がある。
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その違いが、
静かに関係の質を変えている。
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時間が過ぎる。
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特別なことは起きない。
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でも、
何も起きていないことが心地いい。
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やがて朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ間を置く。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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その音が、
いつもより少しだけ静かに感じる。
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あすかはすぐには動かない。
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グラスを見つめる。
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さっきまでそこにあった時間が、
まだ残っている気がする。
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それは記憶というより、
余韻だった。
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マスターが静かに言う。
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「いい時間になってきたね」
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あすかは答えない。
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でも、
その言葉を否定する理由もなかった。
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外は冷たい夜。
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しかし店の中だけは、
少しだけ温度が違っている。
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あすかは小さく息を吐く。
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そして思う。
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この関係は、
もう“始まりかどうか”を気にする段階を越えている。
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ただ、
続いていくものになっている。
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(第11章 第6話へ続く)




