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あすかの幸せについて  作者: こうた
第11章 名前のない確信

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第3話 視線の滞在時間

視線が長くなるとき、


そこには言葉にならない何かが滞在している。



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十二月下旬。



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夜は深く、静かだった。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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「こんばんは」



---


あすかが先に言う。



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朝比奈は少しだけ遅れて、


「こんばんは」と返す。



---


その“少しだけ”が、


なぜか気にならない。



---


むしろ、


その遅れが自然に感じられる。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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マスターは何も言わない。



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しかし今日は、


いつもより空気が静かすぎる気がした。



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あすかはグラスを拭くマスターの手元を見る。



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規則的な動き。



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変わらない動き。



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それが安心を作っている。



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朝比奈がグラスに手を触れる。



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氷が小さく鳴る。



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その音に、


あすかは視線を向ける。



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そして気づく。



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朝比奈も、こちらを見ていた。



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視線が合う。



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すぐに逸らさない。



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今日は、少しだけ長い。



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ほんの数秒。



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でもその数秒が、


異様に長く感じる。



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言葉はない。



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でも、何かは確かに通っている。



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あすかは思う。



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これは会話ではない。



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でも無言でもない。



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その間にあるもの。



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朝比奈が小さく息を吐く。



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そして言う。



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「最近、ここに来るのが少し楽しみになってます」



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あすかは一瞬だけ止まる。



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その言葉は、


軽いようで軽くない。



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あすかは答えるまでに少し時間がかかる。



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「……そうですか」



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それだけ。



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それだけなのに、


空気が少し柔らかくなる。



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朝比奈は小さく笑う。



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その笑いは、


以前より自然だった。



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あすかは気づく。



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この関係は、


説明を必要としなくなり始めている。



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理由を探さなくてもいい時間。



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そのことが、


少しだけ心地いい。



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沈黙が戻る。



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しかし今日は、


沈黙が続くことが怖くない。



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むしろ、


続いてほしいとすら思う。



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朝比奈がふと窓を見る。



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あすかも同じ方向を見る。



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視線は重ならない。



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しかし、


同じ景色を見ていることは分かる。



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それだけで十分だった。



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やがて朝比奈が言う。



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「そろそろ帰ります」



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あすかは少しだけ間を置く。



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「お疲れさまです」



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朝比奈は軽く会釈する。



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扉へ向かう。



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カラン。



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扉が閉まる。



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あすかはすぐには動かない。



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グラスを見る。



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今日は何も起きていない。



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それでも、


確かに何かが積み重なっている。



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それは出来事ではなく、


“関係そのものの質”だった。



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あすかは小さく息を吐く。



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そして初めて思う。



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この時間は、


もう戻るものではない。



---


ただ続いていくものだ。



---


(第11章 第4話へ続く)

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