第3話 視線の滞在時間
視線が長くなるとき、
そこには言葉にならない何かが滞在している。
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十二月下旬。
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夜は深く、静かだった。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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あすかが先に言う。
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朝比奈は少しだけ遅れて、
「こんばんは」と返す。
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その“少しだけ”が、
なぜか気にならない。
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むしろ、
その遅れが自然に感じられる。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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マスターは何も言わない。
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しかし今日は、
いつもより空気が静かすぎる気がした。
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あすかはグラスを拭くマスターの手元を見る。
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規則的な動き。
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変わらない動き。
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それが安心を作っている。
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朝比奈がグラスに手を触れる。
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氷が小さく鳴る。
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その音に、
あすかは視線を向ける。
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そして気づく。
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朝比奈も、こちらを見ていた。
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視線が合う。
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すぐに逸らさない。
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今日は、少しだけ長い。
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ほんの数秒。
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でもその数秒が、
異様に長く感じる。
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言葉はない。
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でも、何かは確かに通っている。
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あすかは思う。
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これは会話ではない。
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でも無言でもない。
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その間にあるもの。
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朝比奈が小さく息を吐く。
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そして言う。
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「最近、ここに来るのが少し楽しみになってます」
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あすかは一瞬だけ止まる。
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その言葉は、
軽いようで軽くない。
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あすかは答えるまでに少し時間がかかる。
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「……そうですか」
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それだけ。
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それだけなのに、
空気が少し柔らかくなる。
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朝比奈は小さく笑う。
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その笑いは、
以前より自然だった。
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あすかは気づく。
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この関係は、
説明を必要としなくなり始めている。
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理由を探さなくてもいい時間。
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そのことが、
少しだけ心地いい。
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沈黙が戻る。
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しかし今日は、
沈黙が続くことが怖くない。
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むしろ、
続いてほしいとすら思う。
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朝比奈がふと窓を見る。
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あすかも同じ方向を見る。
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視線は重ならない。
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しかし、
同じ景色を見ていることは分かる。
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それだけで十分だった。
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やがて朝比奈が言う。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ間を置く。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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あすかはすぐには動かない。
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グラスを見る。
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今日は何も起きていない。
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それでも、
確かに何かが積み重なっている。
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それは出来事ではなく、
“関係そのものの質”だった。
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あすかは小さく息を吐く。
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そして初めて思う。
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この時間は、
もう戻るものではない。
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ただ続いていくものだ。
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(第11章 第4話へ続く)




