第2話 会話が少しだけ長くなる
関係は、急に変わるものではない。
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ただ少しずつ、
“戻らない方向”へ傾いていく。
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十二月下旬。
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夜は静かに深くなっていた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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あすかが先に言う。
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朝比奈は一瞬だけ驚いたように見えたが、
すぐに小さく笑う。
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「こんばんは」
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その笑い方が、
ほんの少しだけ柔らかい。
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あすかは気づく。
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昨日よりも、
少しだけ距離が近い。
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それは物理的なものではない。
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空気の話だった。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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マスターは何も言わない。
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しかし、いつもより少しだけ視線が短い。
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“見守る側”に戻っている。
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あすかはそれに気づかないふりをする。
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朝比奈が言う。
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「昨日の帰り、少し夜風が気持ちよかったです」
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あすかは少しだけ考える。
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「そうですね。もう冬ですけど」
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「でも、嫌な感じではなかったです」
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あすかは小さくうなずく。
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「分かります」
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会話が続く。
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いつもより、少しだけ。
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途切れない程度に。
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途切れないことが、
少しだけ嬉しい。
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あすかは思う。
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前は、
沈黙を埋めるために話していた。
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今は違う。
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沈黙を壊さないために話している。
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その違いに気づいた瞬間、
少しだけ胸が静かに動く。
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朝比奈がグラスを持つ。
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氷の音。
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その音が、
なぜか今日だけ近い。
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あすかは視線を向ける。
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朝比奈もそれに気づく。
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目が合う。
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すぐには逸らさない。
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ほんの一瞬、
そのまま。
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何も起きていないのに、
何かが起きているような時間。
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あすかは思う。
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この時間は、
もう“偶然”ではない。
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でも、
“約束”でもない。
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その中間。
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まだ名前のない場所。
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朝比奈がふと口を開く。
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「ここに来ると、少しだけ時間の流れが違う気がします」
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あすかはすぐに答えない。
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少し考えてから言う。
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「それは、いいことですか」
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朝比奈は少しだけ笑う。
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「たぶん、いいことです」
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あすかも、少しだけ笑う。
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その笑いは小さい。
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でも消えない。
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沈黙が戻る。
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しかし今夜の沈黙は、
もう“間”ではない。
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“共有”に近いものだった。
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やがて時間が過ぎる。
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朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ間を置いて答える。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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あすかはすぐには動かない。
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グラスを見る。
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今日は、
何も特別なことは起きていない。
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それなのに、
少しだけ特別だった。
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その矛盾が、
静かに残っている。
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(第11章 第3話へ続く)




