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あすかの幸せについて  作者: こうた
第11章 名前のない確信

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第1話 いつも通りの少しだけ特別な夜

同じ場所でも、


見る人が変われば、少しだけ違う景色になる。



---


十二月下旬。



---


年末の空気は相変わらず冷たかったが、


どこか柔らかさを含んでいた。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



---


朝比奈だった。



---


「こんばんは」



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あすかが先に言う。



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少しだけ、自然に早かった。



---


「こんばんは」



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朝比奈はいつも通り答える。



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しかし、その声がほんの少しだけ軽い。



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理由は分からない。



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でも、分からなくていい気もした。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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その動作は変わらない。



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変わらないのに、


どこか“慣れ”のようなものがある。



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あすかは気づく。



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この人がここに来ることに、


もう驚きがない。



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それは安心に近い。



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でもそれだけではない。



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朝比奈がグラスを少し回す。



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氷が小さく鳴る。



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その音が、


以前よりも近く感じる。



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あすかは思う。



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距離が縮まったわけではない。



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でも、


距離を測る必要がなくなっている。



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それは少し不思議だった。



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朝比奈が言う。



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「最近、少し落ち着いてきました」



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あすかは顔を上げる。



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「何がですか」



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朝比奈は少しだけ考えてから答える。



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「ここに来ることです」



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あすかは一瞬だけ沈黙する。



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そして、小さくうなずく。



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「そうなんですね」



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それだけの会話。



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それだけなのに、


空気が少しだけ柔らかくなる。



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沈黙が落ちる。



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しかし今日は、


その沈黙が重くない。



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むしろ、


“居心地”に近い。



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あすかはグラスを見つめる。



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氷がゆっくり溶けていく。



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その様子が、


なぜか今の時間と重なる。



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形は変わらないのに、


中身が少しずつ馴染んでいく。



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朝比奈がふと視線を上げる。



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あすかと目が合う。



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すぐには逸らさない。



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少しだけ、そのまま。



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それだけで、


言葉にならない何かが流れる。



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あすかは気づく。



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これはまだ恋愛ではない。



---


でももう、


ただの習慣でもない。



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どこか名前のつかない場所にいる。



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朝比奈が小さく息を吐く。



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そして言う。



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「ここ、少し安心しますね」



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あすかは少しだけ間を置く。



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「……私も、そう思います」



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その言葉は、


思ったより自然に出ていた。



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沈黙が戻る。



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しかしそれは、


もう以前の沈黙ではない。



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何も話さなくてもいい沈黙。



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何かが埋まっている沈黙。



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やがて時間が過ぎる。



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帰る時間になる。



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朝比奈が立ち上がる。



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「そろそろ帰ります」



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あすかは少しだけ遅れて答える。



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「お疲れさまです」



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朝比奈は軽く会釈する。



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扉へ向かう。



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カラン。



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扉が閉まる。



---


あすかはすぐには動かない。



---


グラスを見つめる。



---


今日の時間は、


何も決めていないのに少しだけ満たされていた。



---


名前はまだない。



---


でも、


それでいい気がしていた。



---


(第11章 第2話へ続く)

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