第1話 いつも通りの少しだけ特別な夜
同じ場所でも、
見る人が変われば、少しだけ違う景色になる。
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十二月下旬。
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年末の空気は相変わらず冷たかったが、
どこか柔らかさを含んでいた。
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「人生の交差点」。
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カラン。
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扉が開く。
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あすかは顔を上げる。
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朝比奈だった。
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「こんばんは」
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あすかが先に言う。
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少しだけ、自然に早かった。
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「こんばんは」
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朝比奈はいつも通り答える。
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しかし、その声がほんの少しだけ軽い。
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理由は分からない。
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でも、分からなくていい気もした。
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朝比奈は席に座る。
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グラスが置かれる。
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その動作は変わらない。
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変わらないのに、
どこか“慣れ”のようなものがある。
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あすかは気づく。
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この人がここに来ることに、
もう驚きがない。
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それは安心に近い。
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でもそれだけではない。
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朝比奈がグラスを少し回す。
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氷が小さく鳴る。
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その音が、
以前よりも近く感じる。
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あすかは思う。
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距離が縮まったわけではない。
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でも、
距離を測る必要がなくなっている。
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それは少し不思議だった。
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朝比奈が言う。
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「最近、少し落ち着いてきました」
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あすかは顔を上げる。
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「何がですか」
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朝比奈は少しだけ考えてから答える。
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「ここに来ることです」
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あすかは一瞬だけ沈黙する。
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そして、小さくうなずく。
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「そうなんですね」
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それだけの会話。
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それだけなのに、
空気が少しだけ柔らかくなる。
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沈黙が落ちる。
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しかし今日は、
その沈黙が重くない。
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むしろ、
“居心地”に近い。
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あすかはグラスを見つめる。
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氷がゆっくり溶けていく。
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その様子が、
なぜか今の時間と重なる。
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形は変わらないのに、
中身が少しずつ馴染んでいく。
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朝比奈がふと視線を上げる。
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あすかと目が合う。
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すぐには逸らさない。
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少しだけ、そのまま。
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それだけで、
言葉にならない何かが流れる。
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あすかは気づく。
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これはまだ恋愛ではない。
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でももう、
ただの習慣でもない。
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どこか名前のつかない場所にいる。
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朝比奈が小さく息を吐く。
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そして言う。
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「ここ、少し安心しますね」
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あすかは少しだけ間を置く。
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「……私も、そう思います」
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その言葉は、
思ったより自然に出ていた。
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沈黙が戻る。
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しかしそれは、
もう以前の沈黙ではない。
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何も話さなくてもいい沈黙。
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何かが埋まっている沈黙。
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やがて時間が過ぎる。
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帰る時間になる。
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朝比奈が立ち上がる。
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「そろそろ帰ります」
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あすかは少しだけ遅れて答える。
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「お疲れさまです」
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朝比奈は軽く会釈する。
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扉へ向かう。
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カラン。
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扉が閉まる。
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あすかはすぐには動かない。
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グラスを見つめる。
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今日の時間は、
何も決めていないのに少しだけ満たされていた。
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名前はまだない。
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でも、
それでいい気がしていた。
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(第11章 第2話へ続く)




