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あすかの幸せについて  作者: こうた
第10章 定義の圧力

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第10話 未決の選択

選択とは、必ずしも言葉にして決めることではない。



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ときにそれは、


決めないという形で現れる。



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十二月下旬。



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年の終わりがすぐそこまで来ていた。



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「人生の交差点」。



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カラン。



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扉が開く。



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あすかは顔を上げる。



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朝比奈だった。



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「こんばんは」



---


「こんばんは」



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短い挨拶。



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それだけで空気が整うはずの場所。



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しかし今夜は違った。



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整う前に、


わずかな揺れが残っている。



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朝比奈は席に座る。



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グラスが置かれる。



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マスターは何も言わない。



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ただ、いつもより少しだけ視線が長い。



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あすかは気づく。



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この空間はもう、


二人だけのものではない。



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沈黙は共有されている。



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そして観察されている。



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朝比奈が言う。



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「昨日の話の返事、急がなくても大丈夫です」



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あすかは少しだけ目を上げる。



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「……そうですか」



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朝比奈はうなずく。



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「でも、ずっと置いたままにもできないと思います」



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その言葉は、


責めるものではない。



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ただ事実としてそこにある。



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あすかはグラスを見る。



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氷はもうほとんど溶けている。



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形だけが残っている状態。



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関係も似ている。



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形はある。



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しかし中身は変わり続けている。



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朝比奈は続けない。



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沈黙が戻る。



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しかしそれはもう、


以前のような安定ではない。



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選択を待つ沈黙。



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あすかは思う。



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答えを出すことはできる。



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けれどそれは、


何かを確定させることでもある。



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確定すれば、


失われるものもある。



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それが怖いのではない。



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ただ、


今のままの関係が終わることが怖いのだと気づく。



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マスターは何も言わない。



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しかしその存在は、


決断の場を静かに支えている。



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あすかはゆっくり息を吐く。



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そしてようやく、


視線を朝比奈に向ける。



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朝比奈もあすかを見ている。



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逃げていない視線。



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同じ場所に立っている視線。



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あすかは思う。



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この関係は、


壊れてはいない。



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むしろ、


ここまで続いてきたこと自体が答えなのかもしれない。



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そして初めて、


言葉になる前の形で理解する。



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「終わらせるかどうか」ではない。



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「どう続けるか」だ。



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あすかはまだ言葉にしない。



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しかし沈黙の中で、


小さく頷く。



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それは決定ではない。



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しかし拒否でもない。



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ただ一つの方向だけが、


静かに定まっていく。



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朝比奈もそれを受け取る。



---


何も言わないまま。



---


カラン。



---


遠くで扉が鳴る。



---


夜はまだ続いている。



---


しかし何かが、


確かに変わった夜だった。



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(第10章 完)

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