どっち?!
「サキ、痛いの? 可哀想に……でも、それは全部この子が無理に引っ張るからよ。わたしの腕の中にいれば、何も痛いことなんてないのに」
優花里さんの声はどこまでも優しく、そして底知れない暗闇を孕んでいる。
「保護」という名目。彼女の中では、わたしをこの部屋に閉じ込めることが、正義であり愛なのだ。その歪んだ確信に、寒気が止まらない。
「お姉様、そうやって自分の思い通りにしようとするから嫌われるんだよ。サキさん、お姉様と一緒にいたら、いつか心まで壊されちゃうよ?」
優魅ちゃんがわたしの耳元で囁く。
その言葉には一理ある。
あるけれど、彼女の瞳もまた、どこか冷めた独占欲に燃えていて、決して「純粋な救い」ではないことが伝わってくる。
「……嫌われないわ。私がサキに嫌われる訳がないのよ。サキはわたしを愛してるって、昨日自分でお風呂で言ってくれたもの。ねえ、サキ?」
優花里さんの顔が、数センチの距離まで近づく。
リリーのコスプレ姿のはずなのに、今の彼女からはアニメのキャラクターのような愛らしさは微塵も感じられない。どう見ても闇堕ちリリーだ。
「あ……う、優花里さん……」
「これからはずっと一緒よ。学校なんて行かなくていい。お友達とも会わなくていい。この部屋で、わたしだけを見て、わたしにだけ愛を囁いていればいいの。それがあなたの『幸せ』なのよ……」
優花里さんの指が、わたしの頬を震えるほど愛おしそうになぞる。
その指先が、首筋へとゆっくり降りてきたとき、わたしは悟った。
(これって、冗談じゃない。本気でわたしを『社会』から消して誰にも会わなくしようとしてる……)
大好きな優花里さん。憧れのリリー様……
けれど今、目の前にいるのは、私を愛しすぎるがゆえに、怪物を宿してしまった一人の少女だった。
「……ゆ、優花里さん、お願い……落ち着いて……」
わたしの震える声は、熱病に浮かされたような彼女の耳には、心地よい愛の調べにしか聞こえていないようだった。
「ゆ、優花里さん……」
「なあに? サキ。やっぱりわたしを選んでくれるのよね?」
優花里さんの声は、まるで深く静かな湖の底から響いてくるように穏やかだった。
けれど、その瞳には一切の光がなく、ただ濁った独占欲だけが渦巻いている。
どう見ても冷静じゃない。愛という名の怒りに我を忘れているとしか思えない。
このままじゃ、本当に物理的にバラバラにされるか、一生出られない檻に入れられてしまう。
わたしは震える喉を必死に鳴らして、魂の底から叫んだ。
「……冷静になってください! 優花里さんも、優魅さんも、わたしの話を聞いてください!」
二人の力が、さらに強まろうとする。
「聞いてくれないと……二人とも、大嫌いになっちゃいますよ!!」
その瞬間、左右からかかっていた凄まじい圧力が、ふっと消えた。
わたしの腕を掴んでいた二人の手が、力なく離れていく。
「サキ……」
「サキさん……」
優花里さんの瞳に、わずかに正気の光が戻った。と同時に、その瞳にはみるみるうちに大粒の涙が溜まり、リリーの衣装の胸元に零れ落ちる。
「嫌い……? わたしが、サキに……嫌われる……?」
絶望に打ちひしがれたようなその姿は、あまりにも脆く、今にも崩れてしまいそうだった。
「サキに嫌われる……サキに嫌われる……サキに嫌われる……」
優花里さんは俯き、一点を見つめて、ブツブツと呟いている。
一方で、わたしの右側にいた優魅ちゃんからは、先ほどまでの余裕のある小悪魔的な気配が完全に消え失せていた。
表情が消え、人形のように無機質な空気を纏った彼女は、ただ静かにわたしを見つめている。
その「無」の反応が、逆に何を考えているのか分からなくて、背筋に冷たいものが走る。
なんで、こういうところだけ、この姉妹は似てるんだよ……
「二人ともわたしの話を、冷静になって聞いてください!」
二人から自由になった腕をさすりながら、わたしは努めて穏やかに、けれど芯の通った声で切り出した。
「優魅ちゃん。前にも言ったけど、わたしはお姉さんの恋人なんです。だから、今はまだあなたのもとへは向かえない……ごめんなさい」
「……え?」
とうとう、優魅にはっきりと伝えたサキ。
これで優柔不断なサキからは卒業でしょうか?




