涙のリリー!?
優魅ちゃんは、感情の消えた瞳でわたしを見つめたまま、言葉を飲み込んだ。
わたしはそのまま、縋るような視線を向けてくる優花里さんに向き直る。
「優花里さん。今わたしが優魅ちゃんに言った通りです。わたしは、あなたの恋人なんです。優魅ちゃんはその可愛い妹、鏡子ちゃんは幼馴染の親友。……それは、前にも言った通りです」
わたしの言葉が終わるか終わらないかのうちに、優花里さんの目から涙が筋になって溢れ出した。
「サキ……サキ……っ!」
彼女はリリーの衣装を涙で濡らしながら、壊れ物を扱うような手つきでわたしにしがみついた。
「ごめんね……ごめんね、サキ! わたし、不安で……もっとあなたを信用するべきだったわ……!」
先ほどまでの凍りつくような独占欲はどこへやら、今はただ、愛する人に嫌われることを恐れる一人の少女に戻っていた。
一方、優魅ちゃんはわたしの服の裾を、細い指先でそっと持ち上げた。
「『今は』……なんだよね。わたし、サキさんを諦めないよ。お姉様と別れるまで、いつまでも待ってる……お姉様と別れたら、絶対にわたしに来てよね」
その瞳には、諦念ではなく、静かに燃え続ける執念が宿っている。
「でもわたしも、いつかお姉様からあなたを取るから。その時は……責任は、取ってもらいますから」
「はい。分かったよ。でも、今日みたいな強引なのは勘弁してね」
「……分かった」
優魅ちゃんは小さく頷くと、名残惜しそうに指を離した。
足元では、優花里さんがまだ子供のように泣きじゃくりながら、わたしの名前を呼び続けている。
「うぇぇ……サキ、サキ……ごめんね、ごめんね……ひっく」
(はぁ……。なんとか最悪の結末(物理的なやつ)は回避できたのかな。でも、お姉様は重度のヤンデレ化、妹は長期戦の構え。これ、根本的な解決には一ミリもなってない気がするよ……結局は先送りなのかな……?ダメだな、わたし)
床で泣き崩れるリリー様(優花里さん)の背中を、わたしは困ったように、けれど優しく撫で続けるしかなかった。
「サキ、ごめんね……だから嫌いにならないで……お願い、サキ……っ」
いつまでもわたしの腰にしがみつき、子供のように泣きじゃくり続ける優花里さん。
リリーの衣装のフリルが、彼女の涙でぐっしょりと濡れている。
「優花里さん、もう大丈夫ですよ。もう怒ってないですから」
わたしはしゃがみ込み、彼女の柔らかな髪をそっと撫でた。
さっきまでスマホを投げ捨て、「飼育してあげる」なんて冷酷に言い放っていたヤンデレ爆発お嬢様だとは、到底信じられないほどに、しおらしくなっている。
(お嬢様だから、何不自由なく育ってきた分、自分の思い通りにならない事態に追い詰められると、どうしようもなく焦ってしまうんだろうな……)
そんな彼女の危うさすら、今は少しだけ愛おしく感じてしまう。
と、思ってしまうわたしは、既に毒されているのかもしれない。
「サキ……ありがとう、本当にありがとう……」
「お姉様、わたしは戻りますね」
不意に、背後から優魅ちゃんの冷ややかな声がした。
「でも、絶対に諦めないですから。……それじゃあ、サキさん。また会いましょうね」
そう言うと、優魅ちゃんはわたしの頬にちゅっと軽いキスを落とした。
「えっ?」
流石にこの空気で唇を奪うのは避けたのだろうか。それとも、長期戦を見据えた彼女なりの「マーキング」なのだろうか。
優魅ちゃんがエレベーターに消え、静かになった部屋で、わたしは優花里さんをゆっくりと立ち上がらせた。
よっぽどわたしの「嫌いになる」という一言が効いたのだろう。彼女はさっきからずっと俯いたままで、風紀委員長としての、あの凛とした美人の面影もない。
「サキ……本当に、わたしを嫌いにならない……?」
上目遣いで、捨てられた子犬のような瞳で見つめてくる。
「もちろんです。大丈夫ですよ、優花里さん」
「……っ、ありがとう」
感極まったように彼女が抱きついてくる。そのまま、震える吐息と共に唇が重ねられた。深く、甘い、許しを請うような口づけ。
(……はぁ。優花里さんはこれで一旦落ち着いたかな。でも次は……)
優花里さんの背中に腕を回し、その温もりを感じながらも、わたしの脳裏には「鏡子ちゃんという最大の懸案事項」がこびりついて離れなかった。
なんとか今回は、決着(?)しました。
しかし、鏡子が次に控えています。
サキの心が休まる時は、まだまだですね。




