嵐のあと!
ようやく落ち着きを取り戻した優花里さんを、まだ少し足取りが覚束ない様子ながらもソファに座らせる。
彼女の瞳には、先ほどまでの狂気は消え、ただわたしを求めるような、しおらしい光だけが宿っていた。
「……サキ、どこへ行くの?わたしをひとりにしないで……お願い」
「少し、電話をしてきます。すぐに戻りますから、ここで安心して待っていてくださいね」
「分かったわ」
優しく微笑んでなだめると、彼女は素直に頷いてくれた。
わたしはそのまま、クローゼットの中へと逃げ込むように入り、扉を閉めた。
暗くて狭い空間の方が、今のパニック状態の脳にはちょうどいい。
鏡子ちゃんへの発信ボタンをす。
1コールも鳴り終わらないうちに、スピーカーから鼓膜を貫くような叫びが響いた。
『サキちゃん!! 今どこ!? まさか、あの女に拉致されて、どこかに監禁されてないわよね!? 今すぐ助けに行くから!!』
(……半分正解だから、余計に答えづらいよ……)
「だ、大丈夫だよ、鏡子ちゃん! 落ち着いて。拉致なんてされてないから!」
『本当に!? 本当に何もされてない!? 怪我とか、変な薬とか……変なこと、されてない!?』
(……精神的には、優花里さんの方がボロボロになってる気がするけどね)
「うん、大丈夫だよ! 昨日は夜遅くまで遊びに行っちゃってて、今朝はまた早めに出てきたんだ。充電が切れそうで、連絡が遅くなっちゃって……本当に、心配かけてごめんね」
『……良かった。本当に、本当に良かったよぉ……。サキちゃんに何かあったら、わたし、あの女を……はぁ〜、でもほっとしたよ〜』
(あの女を……ってどうするつもりなのか……?いや、今はそれ以上は考えちゃいけない!!)
電話越しの鏡子ちゃんの声が、安堵で崩れ落ちる。
「そんな変なことはされないよ。優花里さんは、そんな人じゃないから」
自分でも、今の状況を考えると白々しい嘘に聞こえるけれど、これ以上鏡子ちゃんを刺激して、優花里邸が戦場になるのだけは避けたかった。
『……分かった。サキちゃんがそう言うなら、信じるよ。でも……来週は、絶対にわたしと一緒だからね。いい?サキちゃん!』
「……あはは、うん、そうだね」
クローゼットの隙間から漏れる光を見つめながら、わたしは冷や汗を拭った。
クローゼットの扉をそっと開けて外に出ると、ソファに座っていた優花里さんと目が合った。
彼女は、まるで迷子になった子供が親を見つけたときのような、切実な助けを求める表情でこちらを見つめていた。
「サキ……」
消え入りそうな声と共に、両手がこちらに向けて差し伸べられる。
その姿を見て、思わず胸が締め付けられた。
学園であれほど凛としていたお嬢様が、今はわたしの温もりなしでは形を保てないほどに脆くなっている。
わたしは静かに彼女の隣に腰を下ろし、その細い体を迎え入れるように抱きしめた。
「サキ、ありがとう……本当に、ありがとう」
「はい。……わたしは、優花里さんの恋人ですから」
わたしの胸に顔を埋めたまま、彼女は震える声で囁いた。
「好きよ。愛してる……世界中の誰よりも、何よりも、あなたを愛しているわ」
(……なんだか、わたしと知り合ってから、優花里さんは何度もこうして打ちひしがれている気がするな……これって彼女にとってどうなのかな?)
ふと、そんなことを思った。 これまでの彼女の人生は、きっと何不自由なく、誰もが羨むような完璧なものだったはずだ。
誰かに拒絶される恐怖や、執着に狂わされるような醜い感情とは無縁の世界にいたんだろう。
そんな彼女を「ヤンデレ」という未踏の領域まで引きずり込み、精神的にボロボロにさせてしまったことへの申し訳なさが半分。
そして、それほどまでに……理性を失うほどまでに、わたしのことを想い、必要としてくれていることへの、どうしようもない嬉しさが半分。
「優花里さん……。わたしも、あなたのことが大好きですよ」
わたしの言葉に、彼女はさらに強く抱きついてきた。
リリーのコスプレ姿のまま、わたしの肩に涙を滲ませる彼女。
(鏡子ちゃんも、優魅ちゃんも、今回は一旦引いてくれた。……今は、この壊れそうなお嬢様を、私がしっかりと、支えてあげないと)
嵐の去った後の静かな日曜日。
窓の外から差し込む陽光の中で、わたしは、ただ目の前の愛しすぎるヤンデレお嬢様を、優しく抱きしめ続けていた。
もう、サキ無しではどうしようもなくなってしまっている優花里。
伊藤邸を出る時にはどんな反応になるのでしょうか?




