また!!
嵐の去った優花里邸では、静かにお昼の準備が進められていた。
どん底まで落ち込んでいた優花里さんの気を紛らわせるためにも、わたしは彼女をキッチンへと促し、一緒に料理を作ってもらうことにした。
エプロン姿のリリー様という、オタク的には卒倒ものの光景を拝みながらの共同作業だ。
出来上がった料理を囲み、メイドさんたちも交えて全員で食事を摂る。
話題は自然とアニメの話になり、好きなキャラクターや名シーンについて語り合ううちに、優花里さんの瞳にも徐々に生気が戻ってきた。
メイドさんたちは、先ほどの優花里さんと優魅ちゃんの修羅場を熟知しているのだろう。誰一人としてその話題に触れない徹底したプロの気遣いが、今のわたしには何よりありがたかった。
ふと、わたしはまだ見ぬ長女の優紀子さんの事が気になった。
近くにいたはるみさんにこっそり聞いてみると、彼女は非常に頭が良く、おっとりとした性格で、誰からも好かれるタイプの人だという。
そして、はるみさんいわく、「三姉妹の中でも一番の美人」なのだそうだ。
(優花里さんであれほどの完成度で、優魅ちゃんもあんなに可憐な美少女なのに……その上を行く美人って、もはや人間離れしてるんじゃ……?)
いつかここへ来るうちに会えるだろうか、と想像を膨らませる。
改めて目の前の優花里さんを見つめてみる。
そう考えると、三姉妹の中で一番人付き合いが苦手で、どこか近寄りがたい凛とした雰囲気を持っているのが優花里さんなのだろう。
そんな「攻略難易度最高」のお嬢様と、ただのアニオタであるわたしがこんな深い関係になったなんて、自分でも本当に不思議だ。
でも、メイドさんたちと談笑し、時折柔らかく微笑む今の優花里さんを見ていると、わたしと知り合ってから明らかに笑う回数が増えたと感じる。
(ふふん、彼女のその笑顔を引き出したのは、このわたしだよ。これくらいは自慢してもいいよね!)
つい独り占めしているような優越感でニヤニヤと彼女の顔を眺めていたら、視線に気づいた優花里さんが、少し照れたように頬を染めた。
「サキ、……どうしたの? わたしの顔に何かついているかしら?」
「いいえ、なんでもないですよ! ただ、今日も本当にお綺麗なお顔だな〜、と思って見てたんです」
「もう、サキ……っ。急にそんなこと、恥ずかしいわ」
真っ赤になって俯く優花里さん。……可愛い! さっきのヤンデレっぷりも凄かったけれど、この純情な反応こそがわたしの愛する優花里さんだ。
穏やかな日曜日の昼下がり。わたしたちの周りには、ようやく春のような温かい空気が流れ始めていた。
お茶会が終わり、ついに家へ帰る準備をする時間がやってきた。
数えきれないほどのドラマ(と命の危機)が詰まったこのメイド服とも、しばらくはお別れになる。
クローゼットに入り、着慣れたいつもの私服に着替えると、魔法が解けたように一気に日常へと引き戻された気分になる。
クローゼットの扉を開けると、そこにはリリー姿のままの優花里さんが、ひどく寂しそうな表情で立っていた。
「サキ……今回も、色々と困らせてしまってごめんなさいね」
「いえいえ、優花里さんのせいじゃないですから。気にしないでください」
「ありがとう。サキは、やっぱり本当に優しいのね……」
優花里さんは愛おしそうに目を細めて近寄ってくると、わたしの身体をギュッと抱きしめた。わたしも自然に彼女の細い腰に手を回す。
どちらからともなく顔が近づき、吸い寄せられるように唇を重ねた。
名残惜しさを溶かし合うような、長くて深いキス。
ふと頭の隅で、「数ヶ月前までは、こんなに綺麗な人と当たり前のようにキスをする毎日なんて想像もつかなかったな」と不思議な感慨に浸ってしまう。
唇を離すと、優花里さんの瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
普段の凛とした「風紀委員長」からは想像もつかないほど、今の彼女は感受性が強く、脆い。
そのギャップが、たまらなく愛おしく感じた。
「優花里さんのお家にお泊まりできて、本当に楽しかったです。また、絶対に泊まりに来ますね」
「サキ……絶対よ? 約束して」
「はい、もちろんです! 約束です!優花里さんのリリー姿を、また見たいですし」
「もう、サキったら」
もう一度強く抱きしめ合い、わたしたちは部屋を後にした。
着替えた優花里さんがインターホンで連絡を入れると、すぐにはるみさんが荷物を取りに来てくれた。
下に降りると、玄関ロビーの先でさなさんとあやさんが車のドアを開けて待っていてくれた。
「サキ様、またいらしてくださいね」
三人のメイドさんに深々とお辞儀で見送られ、わたしは優花里さんと共に車に乗り込む。
長かったようで短かった二日間。
明日からはまた、朝の校門で顔を合わせるだけの日常が始まるんだと思うと、鼻の奥がツンとして、隣に座る優花里さんの手をギュッと握った。優花里さんも、同じ気持ちだと言うように強く握り返してくれた。
やがて車はわたしの家に着き、迎えに出てきた両親に対して、優花里さんは隙のない完璧な所作で深々とお辞儀をした。
その姿は、もういつもの凛とした「伊藤優花里」に戻っている。
彼女が車に乗る直前、わたしたちは最後に握手をした。
「また明日、学校で」
「はい。……二日間、本当にありがとうございました」
エンジンが静かに回り出し、高級車がゆっくりと走り去っていく。
わたしは、その車影が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
優花里邸をでて名残惜しい気持ちのサキ。
しかし彼女の試練はまだこれからです。




