どのルートでも地獄だよ〜!!
「サキ! こっちへ来て!」
「ひ〜っ!」
リリーの衣装を翻し、優花里さんが恐ろしい表情と、氷のような鋭い声で叫びながら近づいてくる。
その瞳は完全に据わっていて、一歩でも妹の方に近づこうものなら、この世の終わりが来そうなほどの威圧感を放っている。
「そんなキツく言ったら、サキさん行けないよね? やっぱりサキさんは、わたしのところに来たほうが落ち着いてもらえるんだよ」
対する優魅ちゃんは、わたしの腕に絡みついたまま、余裕の笑みを浮かべて小悪魔的な言葉を紡ぐ。
「そんなことあるわけないじゃない! 優魅、訳のわからないことを言わないで!」
「ヤンデレのお姉様よりも、絶対にわたしに来たほうがサキさんも幸せだよ」
「何馬鹿なことを言ってるの! 昔からあなたは、わたしのものばかりすぐに欲しがって!!」
優花里さんの声が震えている。お嬢様としての仮面が、実の妹の挑発によってボロボロと剥がれ落ちていく。
「わたしはお姉様の恋人だからサキさんを好きになったんじゃないよ。わたしもサキさんのことを調べて、好きになったんだから。たまたまお姉様が早く知り合っただけだって、前にも言ったでしょ?」
「そんなことないわ。現に、サキはわたしのことを愛してくれているのよ!」
「サキさんも、お姉様に言わされてるんでしょ?」
優魅ちゃんが、わたしの顔を覗き込んでニヤリと笑った。
「そ、そんなわけでは……っ」
「お姉様の前では正直に言えないですよね、優花里お姉様は怖いですから」
「い、いや、怖いからではなく……その、わたしの気持ちが……」
言い淀むわたしをよそに、優魅ちゃんの追撃は止まらない。
「でもサキさん、ヤンデレのお姉様の束縛、厳しいと思うでしょ?」
「そ、それは……」
確かに、さっきの「スマホ投げ」と「飼育宣言」を思い出すと、否定しきれない自分がいる。
「サキ!!」
「ひゃいっ!!」
優花里さんの鋭い叱咤に、思わず背筋が伸びて、変な声が出た。
「ほら、そうやってサキさんを脅して。サキさんが可哀想だよ」
「そんなことないわ! サキは自分の気持ちで、わたしについてきてくれているのだから!!」
優花里さんはもう、リリーのキャラクター性なんてどこかへ投げ捨てて、一人の「独占欲の塊」と化していた。もう完全に闇堕ちしたリリーだ。
左右から引っ張られるわたしの腕は、すでに限界に近い。
(助けて……誰か助けて……。ヤンデレの姉と、計算高い妹。どっちを選んでも地獄のロードが確定してるよこれ……!)
「痛い痛い〜! 両方から引っ張らないで〜! 腕が抜ける、肩が外れる〜っ!」
左右からかかる凄まじい張力に、わたしの悲鳴が豪華な部屋に虚しく響く。
なんで。なんで、わたしがこんな目に。
やっぱり、昨日の夜が幸せすぎたんだ。
人生の運の量は決まってるって言うけど、わたし、あのお泊まり会で一生分の運を使い切っちゃったの? その反動がこれなの!?
(優花里さんだと「監禁エンド」だし、鏡子ちゃんだと「死亡エンド」……。優魅ちゃんがまだマシに見えるけど、もし彼女を選んだらあとの二人が黙ってるわけないから、結局は「破滅エンド」だよ〜!!)
「サキ、もう優魅や後藤さんとは二度と会えないように、ここでわたしが保護してあげるわ! そうすれば、あなたはわたしだけを見ていられるのよ!それがあなたの幸せなのよ!」
優花里さんの瞳は、リリーの衣装の青色よりも深く、暗い色に沈んでいる。もはや「保護」という言葉が「収容」にしか聞こえない。
「お姉様、それがサキさんを追い詰めているんですよ! わたしはサキさんに自由に生活してもらいます! サキさんを信用していますから!」
「あなたはサキへの気持ちがわたしほどじゃないから、そんなことが言えるの! わたしはサキのことを本当に大切に思っているから、彼女をあなたたちみたいな相手から守ってあげないといけないの! だから彼女を保護してあげるのが、彼女にとっても一番なのよ!」
優花里さんの理論は、どこまでも自分勝手で、どこまでも純粋な狂気に満ちていた。
話だけ聞いていれば、自由を約束してくれる優魅ちゃんの方が健全に思える。でも、わたしは優花里さんの彼女なんだ。……でも、監禁されるのは絶対に嫌だ!!
(ど、どうすればいいの……!? 誰か、このヤンデレの地獄からわたしを救い出して……!)
「サキ、痛いの? 可哀想に……でも、それは全部この子が無理に引っ張るからよ。わたしの腕の中にいれば、何も痛いことなんてないのに」
優花里さんの声はどこまでも優しく、そして底知れない暗闇を孕んでいる。
「保護」という名目。彼女の中では、わたしをこの部屋に閉じ込めることが、正義であり愛なのだ。その歪んだ確信に、寒気が止まらない。
「お姉様、そうやって自分の思い通りにしようとするから嫌われるんだよ。サキさん、お姉様と一緒にいたら、いつか心まで壊されちゃうよ?」
優魅ちゃんがわたしの耳元で囁く。その言葉には一理ある。あるけれど、彼女の瞳もまた、どこか冷めた独占欲に燃えていて、決して「純粋な救い」ではないことが伝わってくる。
「……嫌われないわ。サキはわたしを愛してるって、さっき自分でお風呂で言ってくれたもの。ねえ、サキ?」
優花里さんの顔が、数センチの距離まで近づく。リリーのコスプレ姿のはずなのに、今の彼女からはアニメのキャラクターのような愛らしさは微塵も感じられない。
「あ……う、優花里さん……」
「これからはずっと一緒よ!学校なんて行かなくていい!お友達とも会わなくていい!この部屋で、わたしだけを見て、わたしにだけ愛を囁いていればいいの!それがあなたの『幸せ』なのよ……」
優花里さんの指が、わたしの頬を震えるほど愛おしそうになぞる。
その指先が、首筋へとゆっくり降りてきたとき、わたしは悟った。
(これ、冗談じゃないよ。本気でわたしを『社会』から消そうとしてる……!)
大好きな優花里さん。憧れのリリー様。
けれど今、目の前にいるのは、愛しすぎるがゆえに怪物を宿してしまった一人の少女だった。
「……ゆ、優花里さん、お願い……落ち着いて……」
「ああ、サキ、サキ、愛してるわ……」
(ああ、ダメだ、正気を失い出してるよ……)
わたしの震える声は、熱病に浮かされたような彼女の耳には、心地よい愛の調べにしか聞こえていないようだった。




