襲撃!!
キラキラと輝くリリー様(中身は超ド級ヤンデレ)と共に、わたしは戦々恐々としながらエレベーターに乗り込んだ。胃が痛い。でも、リリー様は美しい。オタクの心は、絶望と歓喜の間で激しく千切られそうになっていた。
二階の食堂に降りると、そこには昨夜と同じく整列したメイドさんたちの姿。 優花里さんは当然のように「全員で食事を摂るように」と指示を出した。主人の命令は絶対、というわけだ。
五人でテーブルを囲み、和やかな朝食が始まる……はずだった。
「サキ、はい。アーン」
「えっ!? ちょっと、優花里さん!? メイドさんたちもいるのに……っ」
顔が火を噴きそうだ。しかも、みんなで仲良く食べているこの空気感の中で、一人だけ雛鳥のように口を開けるなんて!
「優花里さん、落ち着きましょう? 昨日まではこんなことしなかったじゃないですか」
「サキ、大丈夫よ。みんなにはもう、話してあるから」
「えっ、いつの間に!?」
「昨日の夜、あなたが寝てから連絡しておいたわ」
うっ……! ヤンデレ化しても、そういう根回しだけは完璧にお嬢様スキルを活かしている。
恐ろしい。 そんな状況でも、表情一つ変えずに「微笑ましいですね」と言わんばかりの温かい視線を送ってくるメイドさんたちの優しさが、逆に身に沁みて痛い。
結局、昨夜同様に楽しく(わたしだけはアーンされながら)食事を終え、後片付けを済ませて三階の自室へ戻った。 部屋に入るなり、優花里さんは逃がさないと言わんばかりに抱きついてきて、熱い口づけを求めてくる。
(……キスもしたい、したいけど、スマホが! 鏡子ちゃんが!)
「……どうしたの、サキ?」
わたしの挙動不審を察知したのか、優花里さんの視線が急激に温度を下げた。
「あの、その……スマホが……」
「サキ。今は、そんなことどうでもいいんじゃないかしら?」
(どうでもよくはないんです! 命の危機が、物理的な死が迫ってるんです! でも、これ以上言うと本当に監禁されそう……!)
「は、はい……すみません……」
蛇に睨まれた蛙状態で固まっていると、救いの神か、あるいはさらなる混沌の使者か。インターホンからさなさんの声が響いた。
「優花里お嬢様、優魅様がいらしているのですが」
「……チッ!」
えっ、今、お嬢様が舌打ちした!? 幻聴じゃないよね!? 優花里さんは厳しい表情のまま、「サキ、少し待っていて」と言い残し、エレベーターで下階へと降りていった。
「今だ……っ!」
わたしは必死にベッドの隙間からスマホを救い出す。
画面を見た瞬間、血の気が引いた。 恐ろしい数のRINEと着信履歴。これ、今さらなんて返せばいいの……。
パニックになっていると、手の中でスマホが激しく震えた。
「ひいぃっ!」
焦って指が滑り、よりにもよって応答ボタンを押してしまった。
スピーカーからは、鏡子ちゃんの鼓膜を突き破らんばかりの絶叫が漏れ出した。
『サキちゃん!! 今どこにいるの!? 心配したんだよ! 美嘉ちゃんに聞いても知らないって言うし、今すぐ迎えに行くから場所を教えて!!』
「あ、あわわ……えっと、その、それは……」
口が裂けても「優花里さんの家でお泊まりしてる」なんて言えない。 返答に窮していると、背後でエレベーターの扉が開く音がした。
(びくぅっ! 優花里さん!? 戻ってくるの早すぎ――)
いきなり後ろから抱きつかれ、首筋に柔らかな感触が走る。
……あれ? この香り、優花里さんじゃない?
「サキさん、お久しぶりです! 会いたかったよ〜!」
「う、うわぁ! 優魅ちゃん!?」
中学3年の優花里さんの妹、優魅ちゃんだ。この子も大概、愛の形が歪んでいるというか、直球すぎてヤバい子だ。わたしの周り、恋愛に関しては、まともな人がいない気がしてきたよ……。
『ちょっと! サキちゃん、今の声誰!? 女の声がしたけど!!』
スマホの向こうで鏡子ちゃんが発狂している。
「ん? 電話? うるさいから切っちゃおうっと!」
「あ、ちょっ――」
優魅ちゃんは迷いなく通話終了ボタンを連打した。
……終わった、わたしの人生。これはもう鏡子ちゃんが、あなたを刺してわたしも後から行くからね。パターンだ……
絶望に呆然とするわたしの唇を、優魅ちゃんが強引に奪っていく。
「んむ……っ!?」
「サキさん、また中学生とこんなことしちゃいましたねぇ。……責任、とってくださいね」
「いや、そっちから仕掛けてきたんでしょーが!!」
混乱する中、必死に辺りを見渡す。優花里さんは……いない。良かった。
「お姉様なら、わたしのメイドたちが足止めしてるよ。車にまだわたしがいると思わせて、話を引き延ばしてる間に隠れて上がってきたんですよ」
末恐ろしい中学生だ。
「ヤバいよこの状況! こんなの見られちゃ、また優花里さんが泣き崩れちゃうよ!」
「 ……っていうか、この部屋すごいねー、サキさんばかりじゃない。これ、わたしにサキさんを取られちゃったら、お姉様どうなっちゃうんだろ?写真とかポスター捨てちゃうのかな?」
「いや、わたしは取られないし! 取らせないから!!」
「やだ!わたしはサキさんを迎えに来たんだから。……わたしのところへね」
そうだ、伊藤家の広大な敷地には、家族それぞれが独立した建物を持っているんだった。
「お姉様はヤンデレだし、束縛激しくて大変でしょ? わたしなら、サキさんが最後にわたしのところに帰ってきてくれるなら、自由にさせてあげるし、信用してあげるのに。……お姉様が戻る前に、行こう?」
「じゃ、じゃあ、今は優花里さんと一緒という事で……」
「お姉様だけは別なの!あの人と、サキさんとはすぐに切っちゃうの!」
ちょっと頷けるところもあるが、だがそれでも優花里さんは裏切れない。
「優魅!!」
氷のような怒声が響いた。 いつの間にか戻っていた優花里さんが、リリーの衣装を戦装束のように翻して立っていた。
「あ、見つかっちゃった」
「サキから離れなさい! 今すぐに!!」
「嫌だよ。サキさんは、これからわたしのところに行くんだから!」
「そんなこと、わたしが許すはずないでしょう! ふざけないで……っ!!」
とうとう優花里サキ部屋は修羅場と化してしまった。
久々の優魅の襲撃です。
強く出られると断れない優柔不断なサキ。
この修羅場をどう収拾するのか?




