シルクのTシャツ?!
「サキを、絶対に離さないわ」
「は、はい。嬉しいです……」
「だからサキも、わたしから離れないでね」
「も、もちろんですよ!そんな勿体無いことしません!」
「もし、あなたが離れちゃったら……わたしは生きていけないわ」
少しだけ、彼女の声のトーンが落ちた。
「そ、そんなことは……」
「いいえ。だから、もしあなたがわたしから離れるなら……わたしは永遠に、あなたと同じところに行っちゃうかもね」
(え? どういうこと? それって……一生一緒にいる、結婚ってこと?)
鏡子ちゃんで「愛の重さ」には懲りているはずなのに、わたしのヤンデレ耐性はまだまだ甘かったらしい。その言葉の真意に、脳内のお花畑が邪魔をして気づけない。
「いや〜、勿体なさすぎて、わたしが優花里さんから離れるわけないじゃないですか〜。優花里さんがわたしを嫌いにならない限り……」
「それはないわ! 絶対に!!」
あまりにも強い、拒絶を許さないような口調。一瞬だけ背筋がゾクッとしたけれど、わたしはそれを「深い愛情」だと解釈してしまった。
「あ、ああ、はい……嬉しいです」
「そう。サキ、愛してるわ」
「……はい、わたしも優花里さんを愛してます」
わたしの答えを聞いた瞬間、優花里さんの腕にぐっと力がこもった。
「嬉しいわ……初めて愛してるって言ってくれたわね」
(あれ、そうだっけ……? そういえば、いつも言われてばかりで、自分から口にしたのは初めてだったかも……)
のぼせたせいか、それとも彼女の愛の重さのせいか。 お湯の温度以上に熱くなった浴室で、わたしたちはしばらくの間、溶け合うように抱き合っていた。
のぼせきって頭がふわふわした状態で、ようやく浴室を出た。
脱衣所のベンチにへたり込んでいると、優花里さんがバスタオルを手に、甲斐甲斐しくわたしの身体を拭いてくれた。
「サキ、大丈夫? 顔が真っ赤よ」
「あ、ああ、はい……。お湯と優花里さんに、ダブルでのぼせました……」
「わたしに?」
小首を傾げる彼女の破壊力に、再び意識が飛びそうになる。
「ああ、いえ! 何でもないです……っ!」
わたしは、誤魔化すように話題を変える。
「そういえば、優花里さんは寝る時、いつもどんなパジャマを着てるんですか?」
「わたしはいつもこれよ」
そう言って、彼女がクローゼットから取り出したのは、一見するとシンプルなTシャツとショートパンツだった。
「わ〜、良さそうな生地。シルクかな……って、えええええええっ!? 何ですかこれ!!」
思わず絶叫してしまった。 最高級であろう光沢を放つシルクのTシャツ。その胸元にはあの日、メイドカフェ風の制服を着せられたわたしの姿が、これでもかと大きく、鮮明にドーンとフルカラープリントされていた。
(シルク生地に何てことを……職人さんの技術の無駄遣いだよ!!蚕さんにも謝れ、だよ)
「サキも着る? 毎日着られるように、三十着ほど作ったのだけれど」
(お金も無駄遣いだよ!いくら、数えきれないほどあるからって!!)
「ごめんなさい、優花里さん。それだけは!それだけは勘弁してください……!」
自分の顔がデカデカとプリントされた服を着て寝るなんて、どんな高度な羞恥プレイだ。 ただでさえ、壁一面に自分のタペストリーが掛かっている「サキ部屋」で寝なきゃいけないというのに。
「優花里さん、わたし……自分のTシャツ持ってきてるので。それはちょっと……」
「そうなの? サキの可愛い顔が二つになるから、わたしは良いと思ったのだけれど。残念だわ」
(怖いよ、優花里さん……! 発想が完全にガチ勢のそれだよ……!)
あまりの熱量に、背筋に冷たいものが走る。
「これ、やっぱりわたしの等身大フィギュアができたら、一緒に添い寝したりするんじゃ……」
「添い寝? そんなことしないわよ」
ふぅ、と胸をなでおろす。良かった、そこまで重度な依存じゃなかったんだ。 ……と思ったのも束の間。
「でも、サキの抱き枕カバーとは毎日一緒に寝ているわ」
「…………はい?え?え?え?」
時が止まった。 目の前にいるのは、日本屈指の財閥の令嬢。学校中の憧れの的。 その「優花里お嬢様」が、夜な夜なわたしの抱き枕を抱いて眠っている……?
「どんなだよ……!!」
わたしのツッコミは、豪華な寝室の虚空へと虚しく消えていった。 優花里さんの「愛」は、わたしの想像を遥かに超える、深くて暗い……いや、重たすぎる領域へと足を踏み入れているようだった。
「サキ、さあベッドへ行きましょう」
優花里さんに促され、わたしは恐る恐る巨大な天蓋付きベッドへと近づいた。
「その前に、ちょっと待っていてね」
彼女がベッドの上から、ひょいと長い「何か」を持ち上げた。
「うわ……! ほ、本当にわたしの全身がプリントされてる……。それを、毎晩抱いて寝てるんですか……」
そこには、紛れもなくメイド姿のわたしが微笑む抱き枕が鎮座していた。
「今日は本物のサキがいるから、これはこちらに仕舞っておくわね」
優花里さんが壁の作り付けのクローゼットを開ける。その隙間から、ちらりと中が見えてしまった。……何十本もの、同じようなサイズ感の長い物体が、整然と並んでいるのが。
(……見なかったことにしよう。気がつかないふりをしよう。でもだめだ!優花里さんのお嬢様設定が、音を立てて崩壊していく音が聞こえるよ……!)
「さあサキ、こちらへ来て」
ベッドの縁に腰掛けた優花里さんが、優雅に手を差し伸べてくる。 ……その仕草は完璧な貴婦人なのに、着ているシルクのTシャツにはデカデカと「わたしの顔」がプリントされている。このシュールすぎる光景に脳がバグりそうになりながらも、わたしはその手を取り、彼女の隣に座った。
優花里さんは、わたしの肩にコテンと頭を預けてきた。湯上がりのシャンプーの香りが、さらに濃く漂う。
「サキ……毎日、あなたのことばかり考えていたのよ」
(まあ、これだけ部屋中どこを見てもわたしの画像だらけなら、そうなるよね……)
「推されている」という喜びと、あまりの熱量に対する羞恥心。 そして、かつて鏡子ちゃんから感じたあの「逃げ場のない愛」に近い何かが、わたしの背筋に小さな悪寒を走らせた。
「嬉しい……です。でも、優花里さん、ちょっと愛が重くないですか……?」
わたしの問いかけに、優花里さんは答えず、ただわたしの腕をギュッと、離さないという意志を込めるように強く抱きしめた。 窓の外では夜風が木々を揺らしているけれど、この「サキ部屋」の中だけは、濃厚で、少しだけ危険な「サキ愛」に満たされた時間が流れていた。
シルクのサキTシャツ。自分で書いていて何ですが、どんなものか見てみたい気がしますw




