はい!提案があります!
次の日の朝。
リビングへ降りると、鏡子ちゃんがいつものようにコーヒーを飲んでいた。
そこまでは「日常?」だったけれど、右腕を蛇の様に絡みつかれ、玄関のドアを開けた瞬間、その幻想は打ち砕かれた。
家の前には、朝日を浴びて黒光りする巨大なリムジンが鎮座していたのだ。
しかもその前には晴れやかな表情の優花里さん。
「サキ、おはよう。さあ乗って。一緒に登校しましょう。後藤さんも良かったら乗せて行って差し上げてもよろしいわよ」
「ぐっ……お、お願いします……」
結局、三人でリムジンに乗り込み、車内でも左右から腕を絡め取られ、逃げ場のないまま学校の近くまで運ばれた。
車を降りてからは、約束通りのフォーメーション。
右腕には「絶対領域」を主張する鏡子ちゃん。
そして斜め左の一歩後ろには、凛とした、けれどどこかストーカー……もとい、守護者のような気配を纏った優花里さんが位置した。
(……これ、どう見ても「お嬢様と愉快な仲間たち」じゃなくて、「若頭と用心棒」だよ……)
校門が見えてくると、そこには風紀委員副委員長の朝月先輩が、いつも通りの厳しい表情で立っていた。
「おはよう、朝月さん。今日は急遽代わってくれてありがとう」
優花里さんが後ろから声をかけると、朝月先輩は目を丸くして固まった。
「委員長おはようございます。……って、どうしてその方と……?」
「おはようございます、朝月先輩……」
わたしが消え入りそうな声で挨拶すると、朝月先輩の視線が突き刺さるように飛んできた。
(ひいいっ! 目が、目が怖い!)
それもそうだ。全校生徒の憧れの的であり、校内の規律の象徴である優花里委員長を、従者のように後ろに引き連れて歩いている下級生なんて、不敬罪以外の何物でもないだろう。
「……ねえ、伊藤先輩。やっぱりこの状況、違和感しかないと思いますよ?不自然ですよ」
鏡子ちゃんが勝ち誇ったように、追い打ちをかける。
「これまで通り、先輩は校門前でキリッとしていればいいんです。サキちゃんの隣は、わたしが一番似合ってるんですから。それが予定調和っていうものだと思いますよ」
そう言われた優花里さんは、一瞬だけ唇を噛み、ひどく苦しそうで、今にも泣き出しそうなほど寂しそうな顔をした。
「……そう、かしら。サキ……やっぱりわたしが側にいるのは、サキの邪魔になるだけなのかしら……」
いつもの自信に満ちた彼女はどこにもいなかった。
ただ一人の、大好きな人を想う、弱気で不器用な少女がそこにいた。
(優花里さん……)
胸の奥がギュッと締め付けられる。
わたしは、大好きな恋人である優花里さんの、そんな悲しい顔は見たくなかった。
鏡子ちゃんとの親友の絆も大切だけれど、優花里さんの想いを「違和感」の一言で片付けられるのは、どうしても耐えられなかった。
教室に戻り、一時間目前のホームルームが始まった。
紗友里先生が連絡事項を話しているけれど、わたしの頭の中はさっき校門で見た優花里さんの悲しそうな顔でいっぱいだった。
(あんな顔をさせてしまったのは、わたしのせいだ……わたしが優柔不断だから……)
国内有数のお嬢様である、彼女のプライドを傷つけ、居場所を奪うような形にしてしまった。
わたしは罪悪感に耐えきれず、紗友里先生の目を盗んで机の下でスマホを取り出した。
教壇から見えないか焦り、震える指で、優花里さんへRINEを送る。
『優花里さん、今朝はあんな目に合わせてしまってごめんなさい。優花里さんがよかったら、平日の朝は鏡子ちゃんに譲っていただけませんか? その代わりに、これから土日で優花里さんの用事がない限り、わたしも一緒に過ごせたらいいなと思うのですが、どうでしょうか?』
送信ボタンを押した直後、画面が光った。いつもながら驚くほどの即レスだ。
『サキ、ありがとう。分かったわ。そうして頂けると嬉しい。あなたは本当に優しい子。あなたを愛しています』
(……くっ!)
画面に躍る「愛しています」の文字。
脳内で優花里さんのあの気品ある声で再生され、心臓が爆発しそうになる。
思わず顔が熱くなり、ニヤニヤと締まりのない笑みがこぼれてしまった。
「――美山さん? 授業前から隠れて、朝から変な動画でも見てるの?」
「ひゃいっ!?」
静かな教室に紗友里先生の呆れた声が響き、クラス中がドッと沸いた。
「い、いえ! 違います! 何でもありません!」
「顔、真っ赤よ? どんなの見てたのー?」
「はははー、美山さん、エッチー」
「 ねえ……サキちゃん、何見てたの……?」
斜め前で鏡子ちゃんが、怪訝そうに、それでいて少し嫉妬の混じった鋭い視線を向けてくる。
さらに赤面して俯くしかないわたし。
ただ、これて今回の騒動は終息出来たかな、と考えたわたしでした。
サキの代案に満足そうな優花里。
ただ、休日には鏡子と会わないのか……?
まだまだ騒動は終わらなさそうです。




