恋人と親友って?
家に近づくにつれ、黒い瘴気は視覚化できるほどに濃くなっていった。
その正体は、もちろん一人しかいない。
家の前に黒い瘴気を纏った誰かが立ち、わたしに向かって手を振っている。
その人物を中心に瘴気が溢れ出している。
まるでダンジョンの一番奥に鎮座するラスボスのようだ。
わたしは恐る恐るその黒い人影に、近づいて行った。
「あ、サキちゃん、遅かったね? どこか寄ってたのかな?」
にっこりと、しかし瞳の奥が一切笑っていない鏡子ちゃんがそこにいた。
「あ、鏡子ちゃん、うちに来てたんだ。ちょ、ちょっと買い物に行ってて……」
「お買い物なら、一度家に帰ってから連絡をくれても良かったんじゃないのかな?」
「ほ、ほら、アニメートで今日限定のアクスタが出たからさ、家に帰ってる間に売り切れになったら困るし……!」
咄嗟に出た嘘に、鏡子ちゃんは一歩詰め寄る。
「サキちゃんがアニメのグッズを好きなのは知ってるけど、それなら連絡が欲しかったな。……並んでる間にでも」
「ご、ごめんね。わたしも焦って並んだからさ……並んでる間にbアニメストアで配信見てて、夢中になってたからさ」
「連絡をくれたら、わたしも向かったのに。……ねえ、サキちゃん。事故とかには遭ってないよね?」
(連絡してたら、やっぱり来るつもりだったのかよ! 変に言い訳で、拾い画像のアニメートの写真を送らなくてよかった……!)
「も、もちろん! 事故なんかには遭ってないし、ほ、ほら、ピンピンしてるでしょ?大丈夫だよ!」
両手をバタバタさせながら言う、わたしの言葉に、鏡子ちゃんの声が一段と低くなった。
「事故……。事故って、乗り物だけじゃないんだよ……」
「へ?それってどういうこと?」
「サキちゃんを奪おうとする泥棒猫に出会うのも、事故みたいなものなんだよ。……例えば、伊藤先輩みたいな泥棒猫とか」
心臓が跳ね上がった。
しかし、彼女の名前を出された瞬間、わたしのこれまでの我慢は限界を迎えた。
「ちょっと待ってよ、鏡子ちゃん!! 流石にその言い方はあの人に失礼なんじゃないかな? あの人が何をしたっていうんだよ! 鏡子ちゃんのあの人が何か酷いことでもしたの?それに、鏡子ちゃんは、わたしの親友なんでしょ!? どうしてわたしの好きに動かさせてくれないの?わたしだって高校生なんだよ!自分の好きに動いてどこが悪いの? ――わたし、すごく悲しいよ!わたしってあなたの一体何なの!?なんで親友にそこまで管理されないといけないのよ?!」
「サキちゃん……」
鏡子ちゃんの顔から、一瞬にして表情が消えた。
確かに、優花里さんに親友を取られるかもという不安は分かる。
でも、わたしは恋人としての優花里さんも、親友としての鏡子ちゃんも、二人とも大切で失いたくないんだ!
だから二人の間に立ってどちらも傷付けたくなくて……確かに嘘をついたのはわたしだ、でもそれは二人が衝突しない様にするためなのに!
それなのに、どうして……?あの人をそんなに悪く言うの?
恋人がいて、親友もいるって、それって普通じゃないの?
恋人と親友って、両立できるんじゃないの?
脳裏に、さっき見た優花里さんの泣き顔が浮かんだ。
彼女はあんなに優しく、わたしの嘘さえも受け止めて、わたしを守ってくれたのに……
でも、今目の前にいる親友は、わたしを信用しようとせず、わたしが恋人と会うことを、制限しようと行動全てを束縛してくる。
「鏡子ちゃん、心配して家まで来てくれてありがとう。また明日ね」
わたしは震える声でそう告げると、彼女を押しのけて、家の中に駆け込んだ。
いつもなら絶対に離してくれないはずの彼女の体が、驚くほど簡単に、力なく後ろへ下がっていくのがわかった。
「サキちゃんっ!ちょっと待って!」
ドアの向こうから、悲痛な彼女の声が聞こえる。
「さよなら、またね」
わたしは別れの挨拶を言うと、それ以上何も聞きたくなくて、玄関に鍵をかけ、耳を塞いだまま二階の自室へ駆け上がった。
耳を塞いでいても、それでも鏡子ちゃんの声が聞こえた……気がした。
その夜、鏡子ちゃんからのRINEは一通も届かなかった。
あんなに執拗だった通知音が止まった部屋は、不気味なほどに静まり返っていた。
そして翌朝。
朝、家に来ず、駅にも現れず、登校したわたしの目に飛び込んできたのは、鏡子ちゃんの空席だった。
彼女は、学校を休んでいたのだった。
とうとう鏡子に切れてしまったサキ。
そのショックなのか、学校を休んでしまった鏡子。
二人の友情はどうなるのでしょうか?




