何この立ち昇る禍々しいオーラは?!
わたしは談笑の合間を縫って、さりげなく隣のはるみさんと連絡先を交換した。
実は彼女、かなりのアニメ好きだということが判明して、意気投合してしまったのだ。
ここに来れば優花里さんのレアな情報も仕入れられそうだし、オタ友ができるのは純粋に嬉しい。
それにしても、ここのメイドさんは3人とも、顔で選んだのでは?と疑いたくなるほど美人さんばかりだ。凛とした美貌の優花里さんに負けず劣らず、華がある。
けれど、一番の驚きはその気さくさだった。
一番先輩の「さなさん」、そしてもう一人の「あやさん」。一番後輩だというはるみさんを含め、みんな本当にいい人たちばかり。
これも、はるみさんが言っていた「自宅では穏やかな優花里さん」の人徳が、この建物全体に伝播している証拠なのかもしれない。
いつの間にか5人で輪になって、お茶菓子を囲みながら楽しく談笑していた。気づけば時間はあっという間に過ぎ、外の光は少しずつオレンジ色を帯び始めている。
(……なんだか、ここに来るのが楽しみになっちゃうな。また来たいよ)
最初は豪華すぎる設備に気圧されていたけれど、こんなに素敵な人たちがいるのなら、お嬢様の「サキ活」に付き合うのも悪くないかもしれない。
……まあ、わたしの等身大フィギュアが寝室の片隅に鎮座することになるのだけは、やっぱりちょっと…… いや、かなり嫌だけど。
「サキ、楽しそうね。……そんなにメイドたちが気に入ったのかしら?」
優花里さんが、少しだけ寂しそうに、けれど満足げに目を細めた。
わたしの横で、はるみさんが「お嬢様、美山様とは推しアニメが同じで……!」と目を輝かせている。
「そうなの、良かったわね。サキ、はるみさんをよろしくね」
「はい!」
じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうかしら。
サキも、もう帰らないといけないし。
(はっ!そうだった!鏡子ちゃんに連絡をしないと)
「はい、皆さん今日は楽しかったです!また来た時はお話しましょうね!」
「サキ様、ありがとうございました!」
メイドさん達に見送られてエレベーターで3階へ。
3階の優花里さんの部屋に戻り、名残惜しさを抱えながらもわたしは切り出した。
「優花里さん、本当に名残惜しいですけど……そろそろ」
最後にお礼を言おうと後ろを振り向いた、その瞬間。わたしの視界は彼女の美しい顔で占領され、柔らかな感触に唇を塞がれた。
そのまま、壊れ物を扱うような、けれど決して逃さないという意志を感じる強さで抱きしめられる。
「サキ……あなたが帰ってしまったあとのこの部屋は、ひどく寂しくなりそう……」
「優花里さん……」
「あなたをここに鎖で縛り付けたり……真空パックにして、ずっと置いておきたいくらい……」
(優花里さん、それは流石に愛の形が違うのでは……!?本当にやりかねないし)
現実に実行しかねない彼女の熱量に冷や汗を垂らしながらも、わたしは両手で彼女の体を少しだけ離した。そして、不安を打ち消すように優しく微笑みかける。
「わたしも、すごく寂しいです。……だから、もし良かったら、今度の連休の時とかにお泊まりさせてくださいね」
その言葉を聞いた瞬間、優花里さんの大きな瞳にじわりと涙が溜まった。
彼女は言葉にならない声を飲み込むように、無言で何度も頷く。
(ああ、可愛いな……)
学校では完璧な風紀委員長として君臨している人の、こんなにも脆くて愛らしい表情。
これを知っているのは、世界中でわたしだけなんだ。
そう思うと、彼女の「特別」になれていることが、たまらなく誇らしく思えた。
「それじゃあ、着替えてきますね」
わたしは最後にもう一度彼女を見つめてから、名残惜しさを振り切ってクローゼットの中に入った。
フリフリのメイド服を脱ぎ、見慣れた学校の制服に袖を通す。鏡に映る自分は、さっきまでの「非日常」が嘘だったかのように、いつもの平凡な女子高生に戻っていた。
けれど、ポケットの中で、さっきから震え続けているスマホが、鏡子ちゃんという「もう一つの現実」がすぐそこまで迫っていることを告げている。
(……急いで帰らなきゃ。鏡子ちゃんに怪しまれたら、今度こそこの幸せな時間が壊されちゃう……!)
わたしは素早く着替えを終え、優花里さんの香水の香りが微かに残るクローゼットを後にした。
着替えを終えてクローゼットを出ると、そこにはまだメソメソと名残惜しそうに泣いている優花里さんがいた。……反則級に可愛い。
わたしはそんな彼女を精一杯元気づけてから、一緒にエレベーターで一階へと降りた。
玄関では、さなさん、あやさん、そしてはるみさんの三人が並んで見送ってくれた。
わたしが小さく手を振ると、はるみさんが「またアニメの話をしましょうね」と言うように、こっそりウインクを返してくれた。
そして再び、優花里さんと共にリムジンに乗り込む。
広大な敷地の門を抜けた瞬間、そこにはいつもの見慣れた日常の風景が広がっていた。車に乗った時からずっとわたしの手を握り、俯いたままの優花里さんに、わたしは優しく語りかけた。
「優花里さん、大丈夫ですよ。明日からは、また朝だけでも校門で顔を見ることができますから」
彼女の手をぎゅっと握り返す。
「夏休みは毎日会えなくて寂しかったですけど、今日からは毎日会える。わたしはそれだけでも、すごく嬉しいんです」
「……サキ! 嬉しいわ、ありがとう」
優花里さんの瞳にまた光が戻る。「大好き」と、どちらからともなく唇を重ね、私たちは最後にもう一度抱きしめ合った。
「あ〜あ、綺麗なお顔が台無しですよ。メイドさんたちに会うまでに、ちゃんと直しておいてくださいね?」
「……ええ」
こっくりと頷く彼女の顔には、ようやく穏やかな微笑みが戻っていた。
自宅から少し離れた、人目に付かない路地裏で車を止めてもらう。降りる前に入念に周囲を見渡し、鏡子ちゃんの自転車やあの独特の気配がないことを確認した。
「それじゃあ、また明日の朝、校門で」
そう約束して、わたしは車を降りた。
リムジンが見えなくなるまで大きく手を振り、覚悟を決めて自宅へと歩き出す。
……けれど。
自宅に近づくにつれ、わたしのオタク特有の防衛本能が警報を鳴らし始めた。
まだ門扉すら見えていないというのに、自宅の方向から、空気をピリピリと震わせるような……何か、禍々しい黒いオーラが漂ってきている。
「……え、待って。うちの方向から立ち昇る、このホラーアニメの様な黒いモヤは、まさか……」
嫌な汗が背中を伝う。
優花里さんとの甘い放課後の余韻を、一瞬で凍りつかせるような「何か」が、わたしの帰りを待っていた。
これアニメだと家がむちゃくちゃになってるパターンだよね……
黒いオーラ。
もう誰かはお分かりですよね!
サキはどうやってバッドルートを回避するのでしょうか?




