メイドさん!?
「ちょっ、ま、待ってください! 優花里さん! それは撮りすぎですって!」
「ううん、こんなに可愛いサキなら、このスマホのメモリーを全部使い切ってもいいわ!」
「いや、それはやりすぎですって! そんなに撮ってどうするんですか?!」
「決まっているでしょう? スマホやパソコンの壁紙にしたり、大きくプリントして壁に貼ったり、3Dプリンターで等身大の……」
「3Dプリンタ?!等身大??ま、まさか!そ、それだけは絶対にやめてくださいー!!」
アニオタだから分かる、想像しただけで恐ろしい……お嬢様の財力で等身大フィギュアなんて作られたら、クオリティが高すぎて直視できないよー!
「え〜! 等身大のサキとリリーを並べて、毎日愛でたいのに〜」
「毎朝、学校の門で会ってるからいいじゃないですかー!」
「でも、毎朝会っているサキはこの格好(メイド服)じゃないでしょう?」
「うっ! そ、それはそうだけど……」
「今のこの最高に可愛いサキを永遠に残しておきたいのよ」
「いや、永遠って……逆に何千年後かにわたしのフィギュアが見つかったらどうするんですか?!」
「いいじゃない、こんなに可愛いサキが何千年も未来の人の目に触れるのよ」
「なんか永遠に続く拷問みたいじゃないですか……この姿を子孫に見せたくないですよー!」
言葉に詰まっていると、優花里さんは満足げにスマホの画面をタップした。
「とりあえず、今データをメーカーに送ったから、一ヶ月くらいで『サキ』がうちに来るわ!」
「いや! 手際良すぎでしょ!!」
「もちろんよ。一日でも早く欲しかったから、事前申し込みをしておいたのよ」
「事前申し込み……だからって、わたしの意思は!?」
「サキだって、本当なら毎日わたしと一緒にいたいでしょ……?それが叶わないから、せめてフィギュアでって思ったのに……」
まただ。反則級の上目遣いで、無垢な美少女のような顔でおねだりをされてしまう。
こうなると、わたしの「ノー」という選択肢は消滅する。
「う〜〜〜! 分かりました!! でも、そのフィギュアをこの部屋から出したり、変なことしないでくださいね!!」
「変なことって、例えば?」
本気で分からない様子で、首を傾げる優花里さんの純粋な問いに、これ以上答える勇気はなかった。
「……もういいです!いいです〜!!」
お嬢様の「愛」という名の暴走は、わたしの想像を遥かに超えるスピードで更に加速していた。
「ありがとう、サキのフィギュアが出来上がったら、またここに招待するわね!」
「う〜ん……見たいような、見たくないような。こんな凄い部屋に、自分の等身大フィギュア・メイドバージョン、が立ってるって、冷静に考えるとホラーですよね……」
そんなわたしの困惑をよそに、優花里さんは「サキ、嬉しいわ」と幸せそうに微笑みながら、ソファに並んで座り、ぎゅっと抱きついてきた。
「あ、そうだわ、サキ。このスマホに向かって『優花里さん』って話してくれるかしら?」
(……また出たよ。なんか嫌な予感がするけど、断れる雰囲気じゃないし……)
「……優花里さん」
「ありがとう。嬉しいわ!」
「嬉しい? 優花里さん、これって一体……」
「ああ、これね。今の一言さえ録音できれば、その音声データをAIで解析して、あなたの声で喋る目覚まし時計が作れるのよ」
「……っ!? な、何を……」
絶句するわたしに、優花里さんはスマホの画面をタップして、用意されていた「台詞リスト」を見せてきた。
「例えば、この中から好きな言葉を選んだりもできるのよ」
と、早速AIで解析された、わたしの声でセリフが再生された。
『おきてください、優花里様』
『起きてください、だ〜いすきな優花里さん』
『もう、起きてよ〜!優花里!べ、別にわたしは起きてなんか欲しくないんだけどねっ!』
『おきて! 優花里お姉ちゃん!』
『優花里さ〜ん、早く起きないとえっちなことしちゃうぞ〜!』
『優花里さん、えっちなことしませんか? わたしを食べちゃってくださいね!』
『優花里さん、サキはあなたを一生愛します。ず〜っとずっとだ〜いすき♡』
「……最後の方は、もはや目覚ましですらありませんよね!? というか、ツンデレから妹キャラまで網羅されてるし!」
「これだけパターンがあるのよ。もちろん、自分で好きな言葉を生成することもできるし……頼めるだけ頼むつもりよ。そして、文字盤の背景も選べるの!もちろん今日のサキを背景にするわね!」
わたしの声で、毎朝これを言わせるつもりなのか? 自分の声が響き渡る部屋で起きるなんて、アニオタとしても、いや一人の人間として耐えられない!
(毎朝、わたしの声の目覚ましで起きて、わたしのフィギュアに挨拶をしている沈着冷静な風紀委員長……シュールすぎるでしょ。っていうか、鏡子ちゃんとやってることのベクトルが同じだよ……)
優花里さんの「お嬢様パワー」による推し活(サキ活)は、もはや鏡子ちゃんの物理的な締め付けに匹敵するほどの狂気を帯び始めていた。
と、そこに部屋のインターフォンが鳴った。
『お嬢様、お茶とお菓子のご用意ができあがりました。そちらにお持ちいたしましょうか?』
「ああ、じゃあ食堂でお願いできるかしら」
『かしこまりました』
優花里さんはスマホを置くと、満足げに微笑んでわたしの手を取った。
「サキ、2階の食堂に行くわよ」
食堂? ここは優花里さん個人の建物のはずだけど、まあ、彼女のスケールなら専用の食堂があっても不思議じゃない。そんな風に、わたしの常識は少しずつ麻痺し始めていた。
けれど、エレベーターに乗り込んだ瞬間、わたしはとんでもない事実に気づいて戦慄した。
「優花里さん! 部屋に戻りましょう! わたし、まだこの格好(メイド服)ですよ!」
「大丈夫よ。サキと他のメイドを間違えるわけはないから」
「いや、そういう問題じゃないでしょ!! なんでわたしがメイド姿で、本物のメイドさんからお給仕を受けなきゃいけないんですか!?」
「大丈夫よ、うちのメイドたちはそういう事は気にしないから」
「メイドさんたちが気にしなくても、わたしは死ぬほど気になるんです!」
押し問答をしている間にエレベーターは二階に着き、無情にもドアが開いた。
そこには長いテーブルが鎮座する豪華な食堂と、三人のメイドさんが待ち構えていた。玄関ロビーにいた人たちだ。
「ひぇ〜っ!」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
メイドさんに案内され、同じメイド姿のわたしは借りてきた猫のように着席した。
俯き、恐縮しながら紅茶を淹れてもらう。
チラリと見えた名札には手書きで可愛く『はるみ』とあった。
(優花里さんのことだから、名前を把握してるんだろうけど……名札までメイドカフェ仕様にしなくても……)
「さあサキ。お茶の時間にしましょう」
「あ、あの……メイドさんたちは飲まれないんでしょうか?」
「一緒に飲むことは、ほとんどなかったわね」
優花里さんが不思議そうに首を傾げる。でも、この気まずい空気の中でわたし一人だけ、メイドさん達と同じ格好で優雅にお茶を飲むなんて無理だ。
「でもそうね……。皆さんも席に着いてくださいな。ご一緒にお茶をしましょう」
「えっ?」
顔を見合わせるメイドさんたち。わたしも必死に助け舟を出した。
「ど、どうぞ……みんなでお茶しませんか?」
一番先輩らしきメイドさんが「ありがとうございます。それではお客様のご許可も頂きましたので」と、ようやく着席してくれた。わたしの隣には、二十歳だというはるみさんが座った。
「ど、どうぞ」とお茶を淹れようとしたけれど、はるみさんは慌てて首を振る。
「あ、いえいえ、お客様に淹れていただくわけには!」
「はるみさん、いいのよ。サキ、お願いね」
優花里さんはそう言うと、自分も席を立ち、他の二人のメイドさんにお茶を注ぎだした。お嬢様自らのお給仕に全員が恐縮しつつも、温かなお茶を囲むうちに、いつの間にか会話が弾み始めた。
(……はるみさん、いい人だな、話しやすそうだし)
そう思った、わたしはそっと、隣のはるみさんに小声で尋ねてみた。
「あの……優花里さんって、普段どんな人なんですか?」
「いつも、わたくし達に優しくしてくださいます。もし、わたくし達が間違いをしてしまったとしても、声を荒らげることは一度もなく、いつも穏やかな方ですよ」
はるみさんは、心からの敬意を込めてそう答えてくれた。
その言葉を聞いて、わたしは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
風紀委員長としての厳しさも、わたしへの行き過ぎた「執着」も、全部ひっくるめて、優花里さんの根底には深い優しさがある。
(やっぱり、素敵な人なんだな……)
メイド服に身を包んだ「偽物のメイド」と、本物のメイドさんたち。
そして、誰よりも気高いお嬢様。
奇妙で、けれど穏やかな放課後のティータイムは、ゆっくりと過ぎていった。
優花里の専属メイド達の登場です。
彼女達には、これからもちょくちょく登場してもらおうと思います。




