母さんやめて〜!!
軽い足取りで階段を降りながら、わたしは心底ホッとしていた。
これで鏡子ちゃんの「お泊まりデスゲーム」もなんとか貞操も守られ、五体満足で朝を迎えられた……
ヤンデレ二人とその妹にもみくちゃにされ、精神の安寧を削りながらも辿り着いた夏休み最終日。
リビングからは、バターと卵の甘い香りが漂ってくる。
「おはよー、お母さん! 今朝はフレンチトーストなんだって?」
「あら、おはようサキ。鏡子ちゃんも、昨日はよく眠れたかしら?」
「はい! サキちゃんのお陰で、とっても幸せな夜でした♡」
(……鏡子ちゃん、本当にお願いだから親の目の前で意味深な言い方しないで……我が家での立場がなくなるから)
母さんは「あらあら、仲が良いわねぇ」と、相変わらずの天然お花畑モードで微笑んでいる。
美嘉はといえば、昨夜のトラウマが癒えていないのか、隅っこで黙々とフォークを動かしていた。
平和だ。これが今日一日続いてほしい。
「そういえばサキ、さっき伊藤さんからお電話があったわよ。わざわざご丁寧に、夏休みのお礼だって」
「ぐぼーーっ!? げほっ、ごほっ!!」
飲み込もうとしたオレンジジュースが変なところに入り、激しくむせ返る。
隣に座っていた鏡子ちゃんの動きが、ピタリと止まった。
「……伊藤先輩から? どうして、サキちゃんの家に直接電話なんてしてくるのかな?ねえ、サキちゃん?」
鏡子ちゃんの声から、スッと感情が消える。
「あ、いや! 優花里さんは礼儀に厳しいお嬢様みたいだから、親御さんへのご挨拶とか、そういう事じゃないかな?」
「でもなんでサキちゃんのところに……?お礼って、お礼を言われる事があったの?」
「んん〜!何でだろ?あ、もしかしたら間違い電話だったのかも……?もしかして風紀委員に美山さんっていて間違えたのかもしれないよ!」
「美山って苗字は学校でもサキちゃんだけだよ」
何で把握してるんだよ!!
「ほ、ほら漢字が違うとから、他の感じの人かもしれないし、深山とか、三山とか……」
「みやまさんって読み方の苗字自体サキちゃん以外には一人もいないよ……」
そこまで把握してるのか!何でだよ!名簿把握してんのかよ!
ど、どう言い訳しようか……
ああ、また美嘉泣きそうになってるよ。
「じゃ、じゃあ単純に間違えたんじゃないの!かな?」
「なんであの人がサキちゃんのところの電話番号知ってるの?」
鏡子ちゃんの声は、もはや地を這うような低音だった。
瞳のハイライトは完全に消失し、手元のフォークがフレンチトーストを無慈悲に、執拗に突き刺している。
怖い、今にもあのフォークの先がこちらに向かってきそうだ。
「ど! どうしてだろうね……。あ、あはは……。名簿? 学校の名簿とかを生徒会としてチェックしてた時に、たまたま目に留まっちゃったとか……?」
「サキちゃんの番号を『たまたま』記憶するなんて、そんなことあるわけないよね。……ねえ、サキちゃん?」
「あ、そ、そうだ!わたし一学期よく注意されてたじゃん!だ、だからだよ!、ほ、ほら名前も把握されてたでしょ?!」
「確かにそうだったけど…」
もうここはこれで押すしか……。
「たぶん1年生でわたしが一番注意されてたんじゃないかな?だから二学期を前に連絡が来たんだよ!」
「そうだね、あの人ならそういう事をやりかねないよね……」
「そ、そうだよ!ぜ、絶対にそうだよ!たぶん」
「そっか……あのしつこそうな性格の女ならやりかねないわね」
鏡子ちゃんの口から出たその言葉は、特大のブーメランとなって彼女自身に突き刺さっている気がするけれど、今のわたしにそれを指摘する勇気なんて1ミリも残っていない。
「分かってくれた?鏡子ちゃん」
わたしは半泣きになっていた。
(優花里さん、あなたを執念深い悪女にしてしまってごめんなさい!)
「じゃあ明日校門でこれ以上サキちゃんに構うのはやめて欲しいと言わないとね」
「えっ?!そ、それは……」
もうどんどんと優花里さんが悪者になっていく……本当にごめんなさい。
対してエキサイトしていく鏡子ちゃん。どうしようか……?
一難去ってまた一難。
始業式の朝に波乱が待っていそうです。




