入らねえよ!なんでだよ!!
美嘉も鏡子ちゃんの「圧」を感じているのか、珍しく緊張した面持ちで、余計な失言もなく黙々と食べている。
食べ終わったわたしたちは、後片付けを済ませて再び二階の自室へと戻った。
「さあ……これからどうしようか?」
この前のような「重すぎる百合作品」に当たって、鏡子ちゃんのスイッチが入るのは御免だ。
わたしは事前にチョイスしておいた、健全で笑える系のギャグ作品を再生した。
鏡子ちゃんとわたしは、ベッドの上で手を繋ぎ、肩が触れ合うほどぴったりとくっついて、画面の中のギャグに笑い転げる。
「あはは! サキちゃん、今の見た?」
「うん、めっちゃひどい顔だったよねー!」
ああ、そうだよ。これがたぶん、本来の正しい友人関係なんだよ。
ヤンデレだの、独占欲だの、蛇だの、ランジェリーだの……そういう不穏な要素をすべて忘れて、ただ笑い合えるこの時間が、どれほど貴重で幸せなことか。
あれ鏡子ちゃんの不穏な要素ちょっと多くない?
ただ、繋いだ手の温もりが心地よくて、わたしはほんの少しだけ現実逃避をしながら、この「偽りの平穏」に甘えていた。
けれど、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、窓の外は少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
夕闇が迫る。
それは、あの「約束」の時間が一刻一刻と近づいていることを意味していた。
わたしのスマホが、机の上で「ブッ」と一回、短く震えた。
机の上で震えたスマホ。
このタイミング、この絶妙な間隔……間違いなく優花里さんだ。
画面通知はオフにしてあるから、鏡子ちゃんに内容を見られる心配はない。
もし何か聞かれたら「またアニメートのメルマガだよ」とでも言ってごまかすつもりだ。
もちろん、画面の角度は1ミリも彼女の方には向けない。
「鏡子ちゃん、先にお風呂に入っておいでよ。着替えとか、あっちに置いてあるから」
「ううん、サキちゃんから入りなよ。……『サキ』だけに!」
(…………。ここ、笑うところなのだろうか……?)
一瞬の静寂。鏡子ちゃんのシュールなギャグ(?)が部屋に虚しく響く。
あ、冷房必要なくなったかも……
「ははは(愛想笑い)、いいよいいよ、鏡子ちゃんはお客さんなんだからさ、今回は先に入りなよ」
「うーん……でも、わたしはサキちゃんの後の方がいいんだけどな〜」
「……なんで?」
まさか、残り湯をペットボトルに詰めたり、成分を分析したり、飲んだり(!?)しようとしてるんじゃないだろうな? 普通の人なら笑い飛ばせる妄想だけど、鏡子ちゃんだと100%否定しきれないのが怖い。
この前のお泊まりも不審だったし。
「いいよ、先に入りなよ」
「う〜ん、じゃあ……一緒に入る?」
「入らねえよ! なんでだよ!小学生じゃねえんだよ!」
思わず叫んでしまった。
無理だよ! 鏡子ちゃんのあのダイナマイトな巨大西瓜を間近で見ながら、自分のささやかな「正義」に劣等感を感じながら身体を洗うなんて、どんな苦行だよ!修行僧かよ!やだよ、わたしまだJKなんだよ!頭丸めたくないよ!
「わ、わかったよ。じゃあわたしが先に入るね。『サ、サキ』だけに(2回目)」
「いってらっしゃい」
あ、わたしには愛想笑いも無いんだ……
鏡子ちゃんは、一緒に入りたそうに、少し不服そうにしていたが、わたしはタオルと、見えないようにスマホを手に取り、部屋を出た。
パタン、とドアが閉まる。
わたしは廊下を歩きながら、スマホを手に取り、後ろを見て鏡子ちゃんが覗いてないのを確認してから、隠れるようにして画面を点灯させた。
『サキ。家族旅行は順調かしら? ……実はね、あなたの家の前を通る用事があったのだけれど、お家のガレージに車があるのを見かけたわ。何か忘れ物でもして、取りに戻っているのかしら?』
「ちょ!ちょ、ヤバっ!」
ドクン、と心臓が跳ねる。
優花里さんの「生存確認」は、もはや最新鋭のレーダー並みの精度だった。
「なんでだよ〜、うちの前を通る用事って〜、これって、わざわざ見に来たんだよな……」
呟き、冷や汗を拭いながら、わたしは超高速でフリック入力を開始した。
『前を通られたんですね! 実は今日は、父の提案で電車で出かけたんですよ!』
即座に既読がつく。
『そうなの? でも、そちらの路線で何か事故が起こったみたいだけど、大丈夫だったかしら?』
(もー、なんでこんな日に限って……!)
わたしは光の速さでニュースサイトをチェックした。
あった!今の時間はもう微小な遅延のニュース。
わたしは深呼吸して返信する。
『反対方向の電車だったので、全然大丈夫でした! ご心配ありがとうございます!』
『そう、それなら良かったわ。あなたやご家族が無事なら安心したわ。楽しんできてね』
……本当に優花里さんは、独占欲さえ除けば優しくて完璧な人なんだよな。
洗面所の鏡に映る自分のニヤついた顔を見て、すぐに「嘘ついてごめんなさい!」と心の中で猛省した。
風呂に入っている間に、スマホを鏡子ちゃんに見つけられないよう、洗濯物のカゴの奥底に隠してから、わたしはサッと風呂を済ませた。
部屋に上がり、声をかけ鏡子ちゃんと交代する。
「お待たせ。ゆっくり入ってきてね」
「うん。待っててね、サキちゃん」
今日も空のペットボトル(2.0L)を手に、ひらひらと手を振って出ていく鏡子ちゃん。
こういう仕草は、本当に普通の可愛い女の子なんだけどな……。
部屋で隠し持ってきたスマホを出し、RINEを確認する。優花里さんからは特に返信は来ていない。
家族の時間を邪魔しないようにという、彼女なりの気遣いだろう。
その優しさが、嘘をついているわたしの胸に深く突き刺さる。
しばらくして、鏡子ちゃんが上気した顔で戻ってきた。
その手には満タンのペットボトルが握られている。
「あれ? 鏡子ちゃん、そのペットボトルどうしたの?飲まなかったの?水道水」
「あ……け、結局、喉が渇かなかったから飲まなかったんだよ!」
「ははは、まさかお風呂のお湯飲んじゃったから、もうお腹いっぱいとか?」
「そそそ、そんな、こここ、ことが、あああある訳ないじゃない!!!!もう、さ、サキちゃんたら!!」
そんな動揺しなくても……ほんの冗談だったんだけど……
鏡子ちゃんは慌てた様子で、そのボトルを自分のバッグの奥深くへと仕舞い込んだ。
(……ん? 後で飲むのかな? )
「じゃあ、そろそろ夕食の手伝いに行こうか?」
「そ、そうだね、行こ行こ!」
妙に聞き分けのいい鏡子ちゃんと共にリビングへ降りる。
キッチンでは鏡子ちゃんが母と並んで楽しそうに料理を仕上げ、わたしと美嘉は並んで皿や箸をテーブルに並べた。
表面上は、どこにでもある平和な家庭の夕食風景だ。
鏡子ちゃんって独占欲と、ちょっと変態的なところがなければ綺麗だし、お胸もあって可愛らしく、頭もいい最高の友人なんだけどな……と、わたしはぼんやりと考えていた。
夕食のメインディッシュはハンバーグだった。
「今日はわたしが腕を振るっちゃうね!」
と、鏡子ちゃんが挽肉を一生懸命こねてくれたのだ。
けれど、焼き上がってテーブルに並べられた皿を見て、わたしは固まった。
「……ねえ、鏡子ちゃん。これ、形が……」
「え? 何かおかしいかな?」
「う、ううん。何でもない」
鏡子ちゃんは小首を傾げて微笑んでいるけれど、どう見てもわたしのハンバーグだけが、どうみてもハート型をしている。
気のせいであってほしかったけれど、隣にある美嘉のハンバーグは無慈悲なまでに「ただの丸い塊」だ。
大きさも違うし……
美嘉が「何それ……」と言わんばかりの引きつった顔でこちらを見ている。
(そんな顔でこっち見んな! お前の言いたいことは分かってるんだよ! でも突っ込んだら負けなんだよ!)
形はともあれ、味は文句なしに美味しかった。
肉汁たっぷりで、ソースの味付けも絶妙。この独占欲の強すぎるヤンデレな性格さえなければ、本当にいいお嫁さんになるのにな……。
「鏡子ちゃんって料理もうまいし、絶対に将来いいお嫁さんになるよね〜」
つい本音が漏れると、鏡子ちゃんの顔が一瞬で林檎のように真っ赤になった。
「えっ! そ、そうかな……? サキちゃんにそう言ってもらえて、わたし……すごく、すごく嬉しい……っ」
鏡子ちゃんは潤んだ瞳でわたしを見つめたあと、なぜか隣に座っているわたしの母さんに向き直った。
「おばさん! これからも、どうぞよろしくお願いいたします!」
「あらあら、鏡子ちゃん、こちらこそよろしくねぇ〜」
……え、なんで母さんに挨拶してるの? それって、これからも度々泊まりに来るつもりだから?
チラリと横を見ると、美嘉がこれ以上ないほど「嫌な予感しかしない」という顔をしていた。
(美嘉! 嫌な顔すると、こんな時だけ勘のいい鏡子ちゃんにバレるぞ! この和やかな空気を壊さない様に、今は完食することだけに集中するんだ!我が家の平和のためだ!!)
鏡子の包囲網がどんどん縮まっていきます。
鏡子の後に入ると風呂のお湯が減ってそうです……




