鏡子ちゃん、ストーップ!!
そして、ついにその日が来てしまった。夏休み最後の週末。
わたしの命をかけたデスゲームの幕開けだ。
朝一番に起きて、まずはスマホのセキュリティを強化する。
パスワードを複雑な英数字の羅列に更新し、念のために寝顔で解除されない様に、わたしと分からないくらいの変顔で、顔認証もやり直しておいた。
美嘉には昨日から何度も、それこそ口が酸っぱくなるほど固く口止めをしておいた。
「もし余計なことを言ったら、あんたにあげた限定フィギュア、全部フリマアプリに流すからね!その前に命がなくなるかもしれないよ、鏡子ちゃんの怖さ良く知ってるでしょ?」
という脅しが効いたのか、珍しく真剣な顔で頷いていた。流石にこのバカ妹でも、4度目の失敗はない……と思いたい。
両親にも「今日は友達とゆっくりしたいから、外の人には内緒ね」と根回しは完璧だ。
あとは、優花里さんへのアリバイ工作。
『おはようございます。今日は家族で一日出かけるので、返信が遅くなるかもしれません』
罪悪感で送信ボタンを押す指が震える。すぐに既読がついた。
『おはよう、サキ。分かったわ、家族の時間を大切にしてきなさいね』
「……ううっ、心が痛い……っ! ごめんなさい、優花里さん!」
スマホを胸に抱いて懺悔するけれど、これも全ては平和を維持するため。わたしは涙を飲んでスマホを伏せた。
そこへ、鏡子ちゃんから「もうすぐ着くよ」とRINEが入る。
数分後、心臓の鼓動を早めるようなインターホンの音が鳴り響いた。
「お待たせ、サキちゃん!」
玄関には、いつにも増して気合の入った笑顔の鏡子ちゃんが立っていた。
「明日までお世話になります」と母さんに丁寧すぎる挨拶とお土産を渡し、彼女は慣れた足取りでわたしの部屋へと上がっていく。
その手に握られたボストンバッグ。 その中には、あの「スケスケ・ランジェリー」の鏡子ちゃんバージョンが入っている。
「サキちゃん、何じっと立ってるの? 早く入ろ?」
「あ、うん……。そうだね……」
部屋のドアが閉まる音が、まるで監獄の扉が閉まる音のように聞こえた。
夜が怖い、わたしは無事に生存出来るのだろうか?
「サキちゃん……!」
部屋のドアが閉まるなり、鏡子ちゃんが勢いよく抱きしめてきた。
相変わらず、親友という言葉の定義を根底から覆すような距離感の近さだ。
そのまま、迷いのない角度で彼女の顔が近づいてくる。
わたしは反射的に、首をひねってそれを微妙に避けた。
……唇に当たるはずの感触が空を切った瞬間、鏡子ちゃんの目が、カッと見開かれた。
「サキちゃん? ……どうしたの?」
(「どうしたの?」じゃないんだよ! なんで初っ端からナチュラルに口へのキスが飛んでくるんだよ! 親友の距離感バグりすぎだよ!)
「ま、まあ鏡子ちゃん、とりあえずくつろいで……あ、ああ、何か飲み物持ってくるね!」
逃げるように部屋を出ようとした瞬間、ガシィッ! と、逃げ場のない速度で腕を掴まれた。
そのまま、ものすごい力で引き寄せられる。
「サキちゃんは……わたしと、キスしたくないの……?」
鏡子ちゃんの瞳から、スーッと光が消えていく。
(だからそれ、本当にやめてよ〜! 冗談抜きで命の危険を感じるんだから!)
「い、嫌じゃないよ……! いきなりだったから驚いただけだって……」
「嘘……サキちゃん、避けたよね?」
腕を握る力が、さらに強くなってくる。あなたの腕は万力なの〜?
「い、痛いよ、鏡子ちゃん……」
「サキちゃん。拒否されたわたしの心は、もっと痛いんだよ……」
(そんな熱血教師みたいなこと言わないでよ! しかもなんで鏡子ちゃんも優花里さんも、揃いも揃って握力がすごいの!? ヤンデレって覚醒すると身体能力もバフがかかる仕様なの?)
「サキちゃん……」
さらに力がこもり、腕の骨が悲鳴を上げそうになる。
「わ、わかったよ! ごめん! ごめんってば!」
半ば諦め、わたしは自分から鏡子ちゃんの唇へ――チュッ、と触れた。
あれ……なんだろう。
恐怖が原因だったが、簡単に鏡子ちゃんへキスをしてしまう自分がいる。
つい数日前、別荘であんなに優花里さんと「愛」を誓ったばかりなのに、この罪悪感の薄さはどういうことだ?
(ヤバいよね、これって。完全に毒されてるよね。優花里さん……本当の本当に、ごめんなさい……!)
わたしの懺悔をよそに、鏡子ちゃんは一瞬で表情を輝かせた。
「えへへ……サキちゃんって、やっぱり、わたしのこと好きだよね!」
(好きだよね!じゃないよ……)
「そうそう、ねえサキちゃん。あのランジェリー、着て見せ合わない?」
「え、今?い、いや! まだ外は明るいし、ああいうのは夜、寝る前に真っ暗にしてからがいいんじゃないかな!?」
必死の抵抗も虚しく、鏡子ちゃんは小首を傾げた。
「え〜。暗くしちゃったら、せっかくのデザインが見えないよ〜」
(鏡子ちゃんのは見たいけど、自分のは見たくないし見せたくないんだよ!)
「いや、美嘉がいきなり入ってくるかもしれないしさ」
「じゃあ、鍵かけるね」
鏡子ちゃんは迷いのない足取りでドアへ向かうと、まるで自分の部屋のようにカチリと鍵をかけた。その横顔、心なしか上気して火照り出していないだろうか。
「サキちゃん……っ」
「ちょ、待っ……! いきなり服を脱がせようとしないで! 鏡子ちゃん待って! わたしたち親友だよね!? 友達だよね!? いきなりこういうのは、は、恥ずいって!!」
「大丈夫だよサキちゃん! サキちゃんの胸は、控えめだけど『正義』なんだから!」
「そ、そういう問題じゃないし! ダメだよぉ〜!!」
「それに、友達同士だから恥ずかしくないんだよ」
「それ、ち、ちょっと違う!」
……抵抗も虚しく、わたしはあっさりと「剥かれて」しまった。ああ……
脱ぎ捨てられたわたしの服は、鏡子ちゃんによって部屋の隅へと追いやられ、代わりにあの「糸」のようなランジェリーが手渡される。
「うぅ……やだよ、恥ずかしいよ……」
観念して袖(というか紐)を通したけれど、案の定、大切なところもレースで透け透けだ。これ、下着としての機能を1ミリも果たしてないよ!
「じゃあ、わたしも」
鏡子ちゃんも迷いなく服を脱ぎ捨て、着替え始めた。
色違いの同じデザイン。けれど、着る人が違うとこうも違うのか。ダイナマイトボディな鏡子ちゃんがそれを着ると、破壊力が桁違いすぎて鼻血が出そうだ。
す、すごい!アニメなら謎の光で見えないだろうけど……
(ダメだダメだ! 流されてはいけない! わたしには優花里さんがいるんだ! これはあくまで、命を守るための添い寝コスプレなんだから! 友達同士のコミュニケーションなんだから!)
「サキちゃん。夜はこれで、愛し合おうね♡」
「いや、愛し合うってなんだよ! わたしたち友達でしょ! なんで瞳の中ににアニメみたいにハートマークが浮いてるんだよ!」
このままじゃ明日の朝にはわたしの貞操は木っ端微塵だ。
なんで友達なのにそんな心配しないといけないの?世の中の親友とはそういうものなの?!
「はは……じゃあ、そろそろお昼の時間だから、服に着替えて下に行こうよ。そろそろご飯の用意もあるだろうし」
「そうだね!」
鏡子ちゃんは、そのまま(ランジェリー姿で)部屋を出ていこうとした。
「鏡子ちゃんストーーーップ、ストップ!!そ、 それ以上はいけない!!」
「あ、そうだった。着替えまーす!」
(鏡子ちゃん、そういうボケは本当にやめて! うちの親も美嘉も、そんな姿見たらショックで目を回すから!)
慌てて服を羽織らせながら、わたしは確信した。
このお泊まり会、わたしの心臓が明日まで持つ確率は、1%にも満たないということを。
着替えてリビングに降りると、鏡子ちゃんは手際よく母の食事の手伝いを始めていた。
こういうところは優花里さんと同じで、悔しいけれど女子力が高い。
2人ともヤンデレだけど。
そして出来上がった昼食を、家族みんなで頂く。
そう、あの一連の「ランジェリー剥ぎ取り騒ぎ」は、まだ午前中の出来事だったのだ。
一日の半分も過ぎていないのに、わたしの精神はすでにボロ雑巾のようである。
先が思いやられるよ。
暴走機関車の鏡子でしたw
サキの貞操は守られるのか?




