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優花里さんの別の一面!

 優魅ちゃんが嵐のように去った後も、優花里さんは床に伏したまま、「サキ……サキ……」と、消え入りそうな声でわたしの名を呼び続けていた。


  わたしはその震える肩に、そっと手を置く。


「優花里さん、優魅ちゃんはもう帰りました。わたしはどこにも行きませんから、安心してください」


「サキ……」 顔を上げた優花里さんの表情は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


  普段のあの凛とした気高さも、厳しい風紀委員長として恐れられた美貌の面影もなく、ただそこにいるのは、大切な恋人を奪われかけた、一人の哀れで傷ついた女性だった。


 けれど、そんな彼女の姿を見ても、わたしの気持ちはこれっぽっちも冷めなかった。

 確かに優魅ちゃんは、優花里さんよりも社交的で、可愛くて、危うい魅力に溢れているかもしれない。


 でも、わたしは――。 この、独占欲が強くて、嫉妬深くて、そのくせこんなに脆くて不器用な優花里さんを好きになったのだ。


「優花里さん、元気を出してください。もう一度言いますけど、わたしはどこにも行きませんよ」


 わたしは彼女を壊れ物を扱うように、けれど拒めないほどの力強さで抱きしめた。


「サキ……っ」


「もう、優花里さん。綺麗な顔が大変なことになっちゃってますよ」


「サキ、本当に……どこにも、行かない……?」


「はい、行きません」


「……本当に?」


「はい、本当です。約束します」


「ありがとう……ありがとう、サキ……」

 何度も、何度も、確信を得るようにわたしの名を呼ぶ彼女。


「優花里さん。いつもの自信満々な態度はどうしちゃったんですか?」


「だって……わたしはいつも、優魅に……大切なものを……」


「これまではそうだったのかもしれない。でも、わたしは他の人たちとは違います。だから、わたしに対してはもっと自信を持ってください」


 わたしの言葉を聞いた優花里さんの瞳に、ようやく少しだけ、生きた光が戻ってきた。


「サキ……好きよ。愛してる……」


「はい。わたしも優花里さんを愛してますよ!」


 今度はわたしの方から、彼女の頬を両手で包み込み、ゆっくりと唇を重ねた。 優魅ちゃんの「痕跡」をすべて消し去り、今のこの温もりだけを刻みつけるように。


 夕暮れの光が差し込むリビングで、わたしたちは長く、長く、お互いの存在を確かめ合っていた。


 今晩の夕食は、残っていたカレーを温め直して食べることにした。

 わたしはカレーが大好きだから二食続いても全然平気だけれど、お嬢様な優花里さんはどうだろう。……なんて心配をよそに、彼女は黙々とスプーンを動かしていた。


 あの修羅場のあと、一緒にお風呂に入り、優花里さんもようやく少しずつ元気を取り戻してきたようだ。


 ぼそぼそとカレーを食べる優花里さんというのも中々レアな光景だな、なんて思いながら、わたしは優魅ちゃんの話題に触れないよう細心の注意を払い、アニメや他愛もない趣味の話で場を繋いだ。


 夕食を食べ終わる頃には、彼女の表情に少しずつ柔らかな笑顔が戻ってきた。


「優花里さん、星を見に行きませんか?」


 わたしは彼女の手を引き、広いバルコニーへと向かった。

 そこにある二脚のデッキチェアに並んで座り、夜空を見上げる。


 街から遠く離れたこの別荘の周りには、他に灯りなど何一つない。

 視界に飛び込んできたのは、降り注ぐような満天の星空だった。


「……すごい」 これだけの星を見るのは、いつ以来だろう。

 手を繋ぎながら眺める星空は、まるで宇宙に放り出されたような錯覚を覚えさせるほどに深く、美しい。  

 こんな景色を見ていると、抱えていた悩みや細かな不安なんて、すべて銀河の彼方へ消えてしまいそうだった。


 やっと落ち着きを取り戻した優花里さんが、星空を見つめたまま、静かに口を開いた。


「わたし……サキと知り合えて、本当によかったわ。あなたは会うたびに、新しい色彩をわたしに見せてくれる。……あなたのおかげで、わたしは人生を前へと進んでいけるの。本当に、ありがとう」


「優花里さん……。わたしもですよ。優花里さんと知り合って、自分一人じゃ絶対に知ることのなかった世界をたくさん見せてもらえました。わたしたち、意外と似たもの同士かもしれませんね」


「そうなのかもね。……サキ、あなたを愛しているわ」


「わたしもです、優花里さん」


  しばらくの間、静寂の中で星の瞬きを堪能したあと、わたしたちは手を繋いで寝室へ向かった。


 ベッドの上で、隠しごとも、偽りも、すべてを脱ぎ捨てて、わたしたちは固く抱き合い、何度も唇を重ねた。

 互いの体温と、トク、トクと刻まれる鼓動の音。 その安らぎに包まれながら、わたしたちはいつしか深い眠りへと落ちていった。


 「おはよう、サキ」


 優花里さんの柔らかな声で目を覚ました。


「おはようございます、優花里さん」


 嵐のような二日目が過ぎ、今日は三日目。ついに戻る日だ。

 本来なら昨日一日中ゆっくりできるはずだったのが、あの「妹襲来イベント」のせいで台無しになってしまったので、今日は出発まで二人で穏やかに過ごすことになった。


 ベッドの中で、名残惜しむように唇を重ね合わせ、お互いをぎゅっと抱きしめ合ってから起き上がる。


 鏡で見ると、あれだけ鮮やかだったキスマークも、さすがに少しずつ目立たなくなってきていた。……まあ、結局キスマークどころではない大騒動になってしまったのだけれど。


 目の前の優花里さんは、もういつもの凛とした「お嬢様」の表情に戻っている。

 お互い下着姿だったので、軽くお風呂に浸かって体を温めてから、服を着て厨房へと向かった。

 朝に入る温泉もいいよね。


 今朝のメニューはフレンチトースト。わたしも手伝って卵を割ったけれど、案の定、殻が多く入ってしまった。それでも優花里さんは笑って取り除いてくれた。


 二人でカフェラテ、サラダと共に、ゆっくりと食事を摂る。


 昨日の修羅場が嘘のような、穏やかな朝だった。


 優花里さんのような完璧な人には悩みなんてないと思っていたけれど、やっぱり環境が変われば、誰だってそれなりに葛藤があるものなんだ。


 彼女が「完璧だ」と言う長女の優紀子さんにだって、人知れない悩みはあるのかもしれない。


 わたしなんて悩みばっかりだけどね。鏡子ちゃんの事とか、鏡子ちゃんの事とか……でも、昨日のことがあったから、優花里さんも「誰かに取られるくらいなら後藤さんと仲良くしておいてくれた方がマシ」なんて……認めてはくれないよね、やっぱり。一生地下室は嫌だし。


 食事をしている優花里さんを見つめる。


 普段の彼女は超人で一部の隙もない存在だけれど、昨日の涙を見てしまうと、やっぱり彼女も喜怒哀楽のある、愛おしい一人の人間なんだと感じてしまう。


 そんな彼女が微笑ましく思えて、ついニマニマと笑顔で見つめていたら。


「どうしたの? サキ。笑いながらわたしを見ているけれど?」


「いえいえ、何でもないですよ! 優花里さんは綺麗だな〜と思って見ていただけです」


「もう、恥ずかしいわ。昨日はあんな……醜態を晒してしまったし」


「昨日のことはノーカンですよ」


「ノーカン?」


「あ、ノーカウントってことです。あれは、シチュエーション的にしょうがないですよ」


「……そうね」


 優花里さんは少し照れくさそうに視線を逸らした。

 あ、話題を変えないと。


 「ところで優花里さん。今日はゆっくり過ごすとのことでしたけど、午前中はここの敷地内を散歩してみたいんです」


「そうね、そうしましょうか」


 最後の三日目は、始まったばかり。


 この後の「現実」に戻る前の、短い休息。


 けれど、穏やかな空気の中に、優魅ちゃんが残していった「一年後の予感」が、かすかなスパイスのように混じっていた。


やっと落ち着いた優花里。

別荘最後の日はゆっくり過ごせそうです。

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