わたしの方が優しいよ!!
わたしはふと、まだ見ぬ「長女」のことが気になった。
「あのお……お二人のお姉さんって、どんな方なんですか?」
二人が一斉にこちらを向く。
「優紀子お姉様ね。一言で言うと、完璧な人……かしら」
「うん。それに優花里お姉様と違って優しいよ?」
「優魅!」
「ほらまた怒る〜。優花里お姉様もわたしも、優紀子お姉様には全然敵わないもんね。でもわたしは優花里お姉様になら……」
「……それは、わたしなら勝てるって言うことなの?」
「まあ、それもあるけどね。サキさんって、優花里お姉様には絶対に勿体ないし」
「優魅! なんてこと言うの! サキはわたしのことを好いてくれているのだから!」
「でも、離れるとお姉様が怖いからって理由もあるんじゃないの〜?」
「い、いえ。優花里さんはわたしには本当に優しくて……」
すると、優魅ちゃんがガシッとわたしの腕にしがみついてきた。
「でもサキさん、わたしなら優花里お姉様と違っていつも優しいよ。……ね、サキお姉ちゃん!」
「え? え? えええー!」
「優魅! やめなさい! サキから離れなさい!」
「いやだよ〜。サキさん優しそうだし、わたしとピッタリだもん。ねえサキさん、後でアニメの話しません? わたし、『みっきん』垢、いつも見てたんですよ!」
「ええっ!? そ、そうなんですか!?」
いつの間にわたしのオタク用アカウントまで把握してるの!?
「サキさん、敬語はやめてくださいよ。呼び捨てでいいです、わたしの方が年下ですし」
「あ、は、はい……」
「サキ、優魅から離れて!」
「わたしはいやだよー!サキさんのこと気に入っちゃったもん!」
「もう本当にやめなさい! サキはわたしの恋人なのよ!」
優花里さんがついに「恋人宣言」を叩きつけた。
(え? それ、家族に言ってしまってもいいの? )
しかし、優魅ちゃんはニヤリと不敵に笑う。
「……じゃあ、わたしもサキさんを恋人にしたいな! サキさん可愛くて優しそうだから、わたしもサキさんの恋人になりたいよ。 ね、サキさん!」
「え?」と聞き返す間もなかった。 隣に座っていた優魅ちゃんが、迷いのない動きでわたしの顔を引き寄せ、その柔らかい唇を重ねてきたのだ。
(え! ちょ! ちょっと待ってー! 何が起こった!? 思考が追いつかないよぉ!)
「優魅ーーー!! あなた、なんてことを! ふざけないでーー!!」
優花里さんが、かつてないほどの悲鳴を上げながら立ち上がり、優魅ちゃんに掴みかかろうとする。その表情はもはや怒りを超えて、この世の終わりを目撃したかのような絶望に満ちていた。
けれど、優魅ちゃんはひらりと彼女の手をかわすと、頬を赤らめてわたしを真っ直ぐに見つめた。
「サキさんに、わたしのファーストキスをあげちゃった……。サキさん、わたし、本気でサキさんのこと気に入っちゃいました!」
「ファ!ファーストキス〜?!」
呆然とするわたしの口から、マヌケな声が漏れる。
ちょ、ちょっと待って。鏡子ちゃんにファーストキスを奪われ、優花里さんと恋人になって、今度はその妹さんのファーストキスをもらっちゃうって、この別荘でのわたし、属性過多すぎて処理落ちしちゃうよ〜!
もう頭からシューシューと煙が出て呆然とするわたし。
「あ、あは……もう訳が分からないよ……」
「サキ! すぐに口を濯いで! 今すぐに!!」
「お姉様、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。サキさんの魅力はお姉様よりもわたしの方が気づいてるんだから、素直にサキさんをわたしに……」
「黙りなさい!! あなたなんかに!!サキは、サキはわたしの――!!」
優花里さんは涙を流しながら怒り狂い、これまでに見たことのない取り乱し様だった。
カレーの香ばしい匂いが立ち込めるリビングで、わたしの唇と所有権を巡る、伊藤姉妹の全面戦争が勃発した。 ……鏡子ちゃんのキスマーク問題すら霞むレベルの、とんでもない「小悪魔妹キャラ」が降臨してしまったようだ。
わたしの心臓、明日まで持つかな……。
「も、もうサキを地下室に……優魅に二度と会わせないように……閉じ込めて……」
「ひっ……!」
優花里さん、怒りとショックのあまり完全にオーバーヒートしちゃってるよ!
その目は血走り、唇は小刻みに震え、無意識のうちに一番恐ろしい独占の手段を口走っている。
わたしは何もしてない、というか被害者のはずなのに、どんどん破滅的な展開に巻き込まれていく……!
そんな阿鼻叫喚の優花里さんをよそに、優魅ちゃんはわたしの腕に絡みついたまま、勝ち誇ったように囁いた。
「サキさん、ほら、うちの姉……恐ろしいでしょう?」
「あ、あう……」
「わたしの方がサキさんを大事にできるんだよ。優花里お姉様がサキさんのことを気に入ってるって知ってから、わたし、あなたのことをずっと調べてたんだ。それで『みっきん』垢のことを見つけたりして……調べれば調べるほどサキさんのことが好きになっちゃって。だから、今日ここに来たんだよ」
「はあ……」
もう、頭が回らない。 何でわたし、こんな状況に? これって……これって「モテてる」って言えるの? 命の危険と隣り合わせのハーレム(?)なんて、アニメの中だけで十分だよぉ〜!
呆然と立ち尽くすわたしの耳に、不意に、押し殺したような嗚咽が聞こえてきた。
「優魅、許さない……。サキは……サキは……わたしだけの……っ」
優花里さんが、顔を覆って泣き崩れていた。 あの、いつだって凛としていて、隙を見せなかった氷の女王が。プライドも何もかも投げ出して、子供のように肩を震わせて泣いている。
「あ、優花里さん……」
胸が締め付けられた。この人を悲しませちゃダメだ。ヤンデレだろうが何だろうが、わたしが守りたいのは、この人の笑顔なんだ。
「優花里さん、泣かないで……。わたしはどこにも行きませんから。優魅ちゃん、ごめんね。わたしはお姉さんの彼女だから」
わたしは優魅ちゃんの腕をそっと振り解き、泣いている優花里さんのもとへ駆け寄って、その華奢な体を抱きしめた。
「サキ、サキ……っ」
優花里さんは、縋り付くようにわたしのシャツに顔を埋めてきた。
その背後で、優魅ちゃんが「ちぇー、やっぱりお姉様には勝てないのかな、でもお姉様がわたしより先にサキさんを見つけただけなんだから、まだわたしは諦めないよ」と、不敵で、かつ少しだけ寂しそうな微笑みを浮かべていたことに、わたしはまだ気づいていなかった。
「でもサキさん。サキさんも、中学生のわたしの『初めて』を奪った人なんですから、ちゃんと責任、とってくださいね?」
「いや、責任って……優魅ちゃんからしてきたんだし……っ」
反論しようとしたけれど、彼女の瞳は冗談を言っているようには見えなかった。
「でも、現実的にはこうなっちゃってますし。それに……」
優魅ちゃんが、わたしの耳元にそっと唇を寄せた。その吐息に、心臓が跳ね上がる。
「サキさんの首、それ、キスマークですよね? お姉様とは昨日から会ってるのに……昨日とかそんなに新しく付いたものじゃないですよね?サキさんってモテるんですね」
(な、何でこの子は……!? まさか、初見で見抜かれた!?)
「わたしはお姉様と違って、恋愛系のドラマやアニメが大好きなんです。だから、それくらいは分かりますよ。……でも、これはお姉様には言わないでおいてあげますから、安心してくださいね」
彼女はわたしの顔を覗き込み、いたずらっぽく、それでいて真剣な眼差しで続けた。
「もちろん、これを交換条件になんてしません。要は、わたしはお姉様よりもサキさんのことを信じてるってことなんです。お姉様って、サキさんのことを好きだと言うくせに、信じてあげられないのがダメなんですよね」
ぐうの音も出ない。 確かに、優花里さんはわたしを愛してくれているけれど、同時に心の底ではわたしが離れていくことを恐れ、疑っている。
「わたしは最終的に、サキさんがわたしのところへ帰って来てくれたらいいんです。なので、今はお姉様の彼女さんですけど、最後はわたしの彼女さんになってもらいますね、でもわたしはお姉様の様には束縛はしませんよ」
とにっこり笑った彼女の顔は、あまりにも美しく、そして残酷なほどに純粋だった。
「それじゃあ、わたしはこれで帰ります。お姉様に追い出される前にね。今日はサキさんにお会いしたかったんです。でも、わたしはサキさんのことが本気で好きなので――来年、わたしは雲乃伊戸女子校に入りますね」
「えっ?!」
「同じ学校になって、サキさんをわたしの彼女にしたいんです!それじゃあ、また近いうちにお会いしましょうね」
そう言い残した直後、またしても唇に柔らかな感触が重なった。
(わ、わたし……ちょろすぎない!?)
幸い、優花里さんはまだ泣き崩れていて今の「二度目」は見られなかったけれど、わたしの唇には優魅ちゃんの熱がはっきりと残っていた。
嵐のように現れ、わたしの隠し事を見抜き、そして一年後の再会(あるいは宣戦布告)を告げて去っていく。
玄関の扉が閉まる音が、これからの波乱に満ちた学園生活のチャイムのように、わたしの胸に重く響いた。
しっかりと場をかき混ぜた優魅。
優柔不断のサキは優花里に対してどうする?!




